その店は、地図に載っていない場所への地図を売っていた。
路地の奥、石畳が途切れるあたりに、看板もなく存在している。扉を開けると紙とインクの匂いが鼻をくすぐった。壁一面に丸められた地図が詰め込まれた棚が、天井から床まで隙間なく積み重ねられていた。どの地図がどこへ通じるのか、外見からは区別がつかない。古いものもあれば、明らかについ最近描かれたばかりのものもあった。
カウンターにいたのは、十七か十八くらいの少女だった。銀色の短い髪がランプの光を受けてきらりと光っていた。作業台の上に広げた大きな白紙に、細い線を引いている最中らしい。定規を使わない、けれどまっすぐな線だった。彼女の手つきは迷いがなく、まるで既に出来上がった地図を見えない何かからなぞっているようだった。
「何をお探しですか」顔を上げずに彼女は言った。声は静かで、落ち着いていた。
「地図を」と僕は言った。それ以上の説明は思いつかなかった。
「どこへ行きたいんですか」彼女は相変わらず手を動かしながら聞いた。
「わかりません」と僕は答えた。「だから地図が必要なんです」
少女はようやく顔を上げた。目が、少し金色だった。金色というのは正確ではないかもしれない。光の加減で金色に見えるのか、それとも本当にそういう瞳なのか、確かめる勇気はなかった。彼女の視線が、僕を静かに観察した。何かを見極めるような、採点するような目つきだった。
「行きたい場所がわからない人に、うちは地図を売りません」と彼女は言った。
その言葉を聞いたとき、僕は失望した。これまでいくつもの地図屋を回ってきたのに、この一軒だけが違う扱いをするのか。
しかし彼女は続けた。「でも——」
懐から小さな羅針盤を取り出した。銀色で、光沢のある金属に彫られた細かな模様が美しかった。北を指すべき針が、真北ではなく、僕の方を向いていた。
「これは『行くべき場所』を指します」彼女は羅針盤を机の上に置いた。「欲しい場所じゃなくて、あなたが今必要な場所を。違いがわかりますか」
「違いは?」と僕は問い返した。
「たいていの人は、欲しいものと必要なものが一致していない」と彼女は言った。「欲しいものは、大抵は現実逃避です。必要なものは、大抵は痛みを伴う」
その言葉は妙に的確だった。僕が長いあいだ何かから逃げていることを、彼女は知っているのではないか。そんな気さえした。
僕は羅針盤を手に取った。金属は意外に温かかった。まるで生き物のように、脈動しているような気がした。
その瞬間、針が動いた。
回転し、揺れ、やがて定まった。北でも南でもなく、どこか斜め上——この街の、まだ僕が行ったことのない方角を指していた。その方向は、僕の心臓の奥で引っ掛かっている何かの方向のように思えた。
「代金は」と僕は聞いた。この羅針盤がどれほど貴重なものなのか、見当もつかなかった。
「戻ってきたときに、話を聞かせてください」と少女は言った。彼女の目はもう僕を見ていなかった。再び白紙に向き直り、細い線を引き始めていた。「それで十分です」
その返答の意味が、すぐには理解できなかった。戻ってくるのが前提になっていた。失敗するかもしれない旅なのに、彼女は僕が帰ってくることを当たり前だと思っていた。その静かな確信が、妙に心強かった。
僕は羅針盤を握りしめて、扉を出た。後ろで聞こえた彼女の声は、既に別の何かに集中しているようだった。
街の路地に出ると、羅針盤の針は相変わらず斜め上を指していた。そこへ向かう道は、まだ地図の中にもない場所だった。
──(第2話へつづく)
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