第7話: 連れて帰れない

鐘が鳴り終わる前に、律は影繕い処へ駆け込んだ。

「朔を、妹の影を、連れて帰りたいんだ!」

老婆は糸車を回しながら、静かに言った。「連れて帰って、どうする」

「一緒に、暮らす。本体はなくても、影だけでも。ずっと待たせたんだ。もう、独りにしたくない」

老婆は、律をじっと見た。「影は、本体があってこそ、この世にいられる。本体のない影は、いずれ薄れて、消える。桜の下にいられたのは、あの木が、思い出の楔になっていたからだ。連れ出せば、朔の影は、もっと早く消える」

律は言葉を失った。

「それに」老婆は続けた。「おまえの影を見な」

律は、はっとした。影刻はもう終わっているのに、律の足元に、影が戻っていない。逃げたときのまま、律には影がなかった。

「おまえの影は、まだ迎えの途中だ。朔の影を桜に置いてくるか、連れて帰るか。おまえが決めるまで、戻れない」老婆は言った。「連れて帰れば、おまえの影は戻る。だが朔は、じきに消える。置いてくれば、朔はまた桜の下で、次の誰かを待ち続ける。永遠に」

残酷な二択だった。律は、うつむいた。

「……朔は、何を望んでる?」

老婆は、初めて、ほんの少し優しい声になった。

「それを、朔に聞いてやるのが、兄さんの役目じゃないのかい。影の言葉は、本音で聞けば、届くもんだよ」

律は顔を上げた。答えは、もう、心のどこかにあった。ただ、それを認めるのが、怖いだけだった。

朔は、きっと、待ち続けることも、連れ出されて早く消えることも、望んでいない。

本当に望んでいるのは――たぶん、もっと、優しいことだ。

次の影刻。律は、そのために、桜の下へ戻る決心をした。今度こそ、朔の本当の望みを、聞くために。

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