眠りに落ちる瞬間を、意識でつかまえたことはあるだろうか。
その夜、俺は初めてそれを試みた。恐怖ではなく、田所さんに会うために。意識が沈んでいく。まどろみの縁で、俺はぐっと踏みとどまった。
気づくと、俺は見知らぬ場所に立っていた。俺の部屋のようで、違う。壁に、古い家族写真が飾ってある。写っているのは、そっくりな顔の少年が二人。田所さんと、弟だ。
部屋の真ん中に、男が立っていた。中年の、疲れた顔の男。田所さんだと、直感でわかった。
「あんたが、田所さんか」俺は声をかけた。
男は驚いたように振り返った。「見えるのか。俺が」
「あんた、ずっと『かわってくれ』って言ってたな。誰と、かわりたいんだ」
田所さんは、家族写真を見た。「弟と。あの日、川に落ちたのは、俺が突き飛ばしたからだ。ふざけて。ほんの、ふざけてだ。俺がかわってやれば、あいつは生きてた」
「それで、死んでからも、誰かと入れ替わろうとしてるのか。関係ない俺たちと」
「入れ替われば、やり直せる気がした」田所さんの顔が歪んだ。「誰か一人でも、俺のかわりに、この後悔を引き受けてくれたら、俺はやっと、あいつに謝りに行ける」
俺は、ゆっくり首を振った。
「それは、かわることじゃない。押しつけることだ。あんたの弟は、そんなこと望んでないだろう」
田所さんの目が、大きく見開かれた。
「あんたが本当にかわりたいなら、誰かと入れ替わるんじゃなくて、あんた自身が、前に進むしかないんだよ。後悔を、誰にも渡さずに、抱えたまま」
部屋の奥から、足音がした。もう一人、少年が現れた。写真の中の、弟だった。少年は田所さんを見て、静かに笑った。恨みも、責めもない、ただの、兄を待っていた顔で。
田所さんの膝が、崩れた。