喋る白狐を前に、私はなんとか正気を保っていた。二千円、二千円、と心の中で唱えながら。
「え、えっと、ご用件は」
「あのね~、落とし物したの~」白狐は、しょんぼりと尻尾を垂らした。「僕、稲荷の使いなんだけど、油揚げを落としちゃって」
「油揚げ……ですか」
「そう! すっごく大事な油揚げ! お供え物なの! あれがないと、僕、稲荷様に叱られちゃう~」
泣きそうな狐。神様の使いも、意外と苦労しているらしい。
そこへ、奥から所長の宇迦さんが出てきた。
「ああ、コン太じゃないか。また落とし物?」
「宇迦様~! 助けてよ~!」
「真希さん、彼はコン太。この辺りの稲荷神社の眷属だよ。落とし物の常習犯でね」
宇迦さんは慣れた様子で、カウンターの下から一枚の油揚げを取り出した。
「はい、これでしょ。さっき境内に落ちてた」
「あ~! これこれ! ありがとう宇迦様~!」
コン太は油揚げを大事そうに抱えて、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
「真希さん」宇迦さんが私に言った。「これがこの相談所の仕事。八百万の神様や、その眷属たちの、ちょっとした困りごとを解決するんだ」
「八百万の神様の……相談窓口」
「そう。神様といっても、完璧じゃないからね。物を落とすし、道に迷うし、喧嘩もする。人間と大して変わらないよ」
コン太が、油揚げをかじりながら言った。
「新人さん、よろしくね~。ここのお姉さん、みんな優しかったよ~。まあ、みんな三日で辞めちゃったけど~」
「三日?」
宇迦さんが、慌てて咳払いをした。
「あー、コン太、余計なこと言わない。真希さんは、大丈夫だよね?」
二千円。私はもう一度、心の中で唱えた。
「……頑張ります」
こうして、私の神様相談所での、波乱の日々が始まったのだった。