第1話: 動くはずのない観覧車

その遊園地は、三年前に閉園していた。

莉子が引っ越してきたマンションの窓からは、丘の上の観覧車が見えた。錆びて、色あせて、もう二度と動くことのない、廃墟の観覧車。

夜になると、そのシルエットが、星空に黒く浮かんだ。

仕事も、恋も、うまくいかない毎日だった。三十歳を前に、莉子は自分の人生が、どこかで道を間違えたような気がしていた。あのとき別の選択をしていれば。あのとき、彼と別れなければ。もしも、もしも――。

眠れない夜、莉子はベランダに出て、観覧車を眺めるのが癖になっていた。動かない観覧車は、止まった自分の人生のようで、なぜか慰められた。

その夜も、莉子はベランダに立っていた。

時計が、午前零時を指した瞬間――観覧車に、明かりが灯った。

莉子は、目を疑った。

色とりどりの電飾が、順番に点いていく。錆びた鉄骨が、まるで生き返ったように輝き出す。そして、ゆっくりと、観覧車が回り始めた。

閉園した遊園地の、動くはずのない観覧車が。

莉子は、はじかれたように部屋を飛び出した。パジャマの上にコートを羽織り、丘へと駆け上がる。

閉ざされていたはずの遊園地のゲートは、なぜか開いていた。中に入ると、廃墟だったはずの園内が、淡い光に包まれていた。埃をかぶったメリーゴーラウンドが、静かに音楽を奏でている。

観覧車の乗り場に、一人の青年が立っていた。

紺色の制服を着た、二十代半ばくらいの青年。夜の色をした瞳で、莉子を見て、彼は静かに微笑んだ。

「いらっしゃいませ」

「あの、これは……」

「夜の観覧車です」青年は言った。「午前零時から、夜明けまでだけ動きます。乗っていかれますか」

「乗ると、どうなるんですか」

青年は、少し寂しそうに微笑んだ。

「あなたが、選ばなかったもう一つの人生が、見えます」

莉子の心臓が、大きく脈打った。

選ばなかった、人生。

それは、莉子がずっと、見たくて、見るのが怖かったものだった。

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