午前二時。客のいないコンビニで、店員の田村は、あくびをかみ殺していた。
二十六歳、フリーター。深夜シフト専門。特技は、ぼーっとすること。人生に、これといった目標もなく、ただ淡々と、レジの前で夜をやり過ごしている。
そのとき、自動ドアが開いた。
入ってきたのは、黒いパーカーのフードを目深にかぶり、顔にストッキングをかぶった男だった。手には、震える包丁を握っている。
「う、動くな!」
田村は、ちらりと男を見た。そして、いつものトーンで言った。
「いらっしゃいませ」
「い、いや、いらっしゃいませじゃなくて! 強盗だ! 金を出せ!」
「あー、はい」田村は、まったく動じなかった。「あのー、ストッキング、破れてますよ。目のところ」
「え?」男は、慌てて顔に手をやった。「う、うそ、どこ?」
「右目の下です。それだと、顔、バレバレですよ」
「あ、ありがとう……じゃなくて!」男は、包丁を握り直した。「と、とにかく! レジの金を、全部!」
田村は、ため息をついた。
「あのですね、深夜のレジって、防犯上、あんまり現金入ってないんですよ。売上は、定期的に金庫に移してて。今、レジにあるの、たぶん三千円くらいです」
「さ、三千円……?」
「はい。それでよければ、どうぞ。でも、それ強盗したら、人生終わりますよ。三千円と、あなたの人生、釣り合います?」
男は、包丁を持ったまま、固まった。
ストッキング越しでも、彼が泣きそうな顔をしているのが、なんとなくわかった。
「……釣り合わない、です」男は、ぽつりと言った。
「ですよね」田村はうなずいた。「とりあえず、その包丁、しまいましょうか。危ないんで」
男は、しょんぼりと包丁を下ろした。
「あの……肉まん、一個ください。あったかいの」
「はい。百五十円です」
強盗のはずが、男は、肉まんを一個買って、帰っていった。
田村は、閉まる自動ドアを見送りながら、また、あくびをした。
「変な客だなあ」
それが、彼と、あの気弱な強盗未遂の男との、長い付き合いの始まりだった。