第9話: もう一度、みなと橋の角

その火曜、私は約束の時間より、ずっと早く角に着いてしまった。

落ち着かなかった。何度もミラーで自分の顔を確かめた。何を話そう。怒ったふりをしようか。それとも、笑って迎えようか。考えれば考えるほど、わからなくなった。

街灯の下に、コートの姿が現れたのは、深夜零時をまわった頃だった。

冬野さんは、少し痩せていた。でも、その静かな横顔は、あの日のままだった。手には、あの絵本と同じものを、もう一冊持っていた。

私は窓を下げた。声が、うまく出なかった。

「……乗っても、いいですか」

冬野さんが、最初の夜と同じことを言った。

「どうぞ」

私も、最初の夜と同じことを言った。

「どちらまで」
「岬の、灯台まで」

冬野さんが乗り込むと、車内にあの空気が戻ってきた。私が三年間、夜の街で探していた空気だった。

しばらく、二人とも黙っていた。ワイパーはいらない、晴れた夜だった。

「本、読みました」

私が言うと、冬野さんは息を呑むのがわかった。

「最後のページ、ずるいです」
「……すみません」
「謝らないでください。あんなの、渡されたら、怒れないじゃないですか」

冬野さんが、小さく笑った。

「怒ってほしかったんです、本当は。それだけ、俺のこと考えてくれてたってことだから」
「考えてましたよ。毎晩、この角ばっかり見て、仕事にならなかった」

信号が赤になった。私はブレーキを踏んで、ミラー越しに冬野さんを見た。

「もう、黙っていなくなるの、やめてください。心配、するので」
「はい。もう、どこにも行きません」

信号が青に変わった。私はアクセルを踏んだ。

灯台へ向かう夜の道を、今夜は二人で、まっすぐに走った。

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