第8話: 元恋人からの手紙

その夜、服部の部屋の前に、一通の手紙が、届いていた。

僕が任務に呼ばれて部屋を訪ねると、服部は、その手紙を握りしめたまま、めずらしく、覆面もせず、放心していた。

「どうした、服部さん」
「……元の、店の、同僚からでな。いや、正しくは、拙者が、逃げてしまった、あの人からだ」

あの人。以前、話していた、逃げられた恋人のことだった。

手紙には、こう書かれていたという。店が、彼の復帰を待っていること。そして、あの人自身も、彼にもう一度、会いたいと思っていること。

「なんで逃げられた、って話じゃなかったのか」
「拙者が、逃げたのだ。仕事で心を壊して、あの人に、当たり散らして。合わせる顔がなくて、この町に、逃げてきた。忍者ごっこに、逃げ込んで」

服部の手は、震えていた。

「今さら、どんな顔で、会えばよい。拙者は、あの人を、傷つけたのだぞ」

僕は、手紙を、そっと見せてもらった。

丁寧な、優しい字だった。責める言葉は、ひとつもなかった。ただ、待っている、とだけ。あなたの焼くお菓子が、恋しい、と。

「服部さん」と、僕は言った。「これ、逃げた人に、書く手紙じゃないよ。ずっと、あんたのこと、想ってる人の手紙だ」
「……」
「あんた、いつも俺に言ってたじゃないか。逃げるな、生活を整えろ、大事なものを見失うなって。全部、あんた自身に、言い聞かせてたんだろ」

服部は、うつむいた。

「こわいのだ。また、うまくやれなかったら。また、傷つけたら」
「じゃあ、任務だと思えばいい」

僕は、にやりと笑った。

「任務・その最終。逃げ出した場所に、戻るべし。師匠、あんたなら、できるだろ」

服部は、はっと、顔を上げた。

そして、僕を見て、覆面の下でするような、いつもの、目だけの笑みを、浮かべた。

「……一本、取られたな。弟子に」
「一番弟子だからな」

服部は、手紙を、そっと、胸ポケットにしまった。

「少し、考えてみる。この、任務について」

その夜、初めて、任務書は、なかった。

でも、僕たちは、朝まで、いろんな話をした。菓子のこと。仕事のこと。逃げること、戻ること。

窓の外が、白みはじめる頃、服部の顔は、少しだけ、晴れやかになっていた。

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