その火曜、私は約束の時間より、ずっと早く角に着いてしまった。
落ち着かなかった。何度もミラーで自分の顔を確かめた。何を話そう。怒ったふりをしようか。それとも、笑って迎えようか。考えれば考えるほど、わからなくなった。
街灯の下に、コートの姿が現れたのは、深夜零時をまわった頃だった。
冬野さんは、少し痩せていた。でも、その静かな横顔は、あの日のままだった。手には、あの絵本と同じものを、もう一冊持っていた。
私は窓を下げた。声が、うまく出なかった。
「……乗っても、いいですか」
冬野さんが、最初の夜と同じことを言った。
「どうぞ」
私も、最初の夜と同じことを言った。
「どちらまで」
「岬の、灯台まで」
冬野さんが乗り込むと、車内にあの空気が戻ってきた。私が三年間、夜の街で探していた空気だった。
しばらく、二人とも黙っていた。ワイパーはいらない、晴れた夜だった。
「本、読みました」
私が言うと、冬野さんは息を呑むのがわかった。
「最後のページ、ずるいです」
「……すみません」
「謝らないでください。あんなの、渡されたら、怒れないじゃないですか」
冬野さんが、小さく笑った。
「怒ってほしかったんです、本当は。それだけ、俺のこと考えてくれてたってことだから」
「考えてましたよ。毎晩、この角ばっかり見て、仕事にならなかった」
信号が赤になった。私はブレーキを踏んで、ミラー越しに冬野さんを見た。
「もう、黙っていなくなるの、やめてください。心配、するので」
「はい。もう、どこにも行きません」
信号が青に変わった。私はアクセルを踏んだ。
灯台へ向かう夜の道を、今夜は二人で、まっすぐに走った。