第1話 最初の一コマ
最初は編集ミスだと思った。
動画を確認していたら、1秒にも満たない場面に、何か映り込んでいた。0.3秒。フレームにして7、8コマ。一時停止してみると、部屋の隅に、人の輪郭のようなものがあった。影、かもしれない。光の加減、かもしれない。でもその動画を撮ったとき、部屋には私しかいなかった。
サキは動画クリエイターとして一人暮らしをしながら活動していた。料理動画や日常vlogを上げていて、チャンネル登録者は3万人ほど。決して多いとは言えない数字だが、一年前は5000人だったので、着実に増えている手応えがあった。撮影はいつも自分の部屋で、一人でやっている。三脚にスマートフォンを固定して、カットを重ねていく。編集は深夜の作業になることが多い。
その映り込みを、最初は気にしなかった。
動画はアップロード済みだったし、再生数も順調に伸びていた。もしも気になる映り込みがあるなら、視聴者からのコメントで指摘されるはずだ。サキはそう考えて、その日の編集作業を終わらせた。パソコンの前から立ち上がると、窓の外は既に夜だった。午後2時から編集を始めたはずなのに、気づけば夜の10時である。一人暮らしの生活は、時間感覚を曖昧にする。
次の日も動画を撮った。
その日は朝日が入る時間帯を狙って、トマトとモッツァレラチーズのサラダを作る動画を撮影した。サキのチャンネルで最も反応が良い動画は、調理時間が短くて見栄えがいい料理だ。だから毎週、そうした料理を一本は必ず上げるようにしている。いつもと変わらない手順で、撮影は終わった。スマートフォンの画面を確認して、特に問題がないことを確認した。
編集は翌日に回そうと思っていたが、その夜、急に思い立ってパソコンを開いた。
動画ファイルをタイムラインに並べて、早送り再生で確認した。すると、またそれは現れた。0.3秒だけ、フレームの端に何かが映り込んでいた。今度は、少し形がはっきりしていた。暗い塊のようなもので、ほぼ確実に何かの生き物の輪郭に見える。あるいは人間の後ろ姿か。いや、そんなことはあり得ない。部屋には自分しかいなかったのだから。
サキは画面を凝視した。
マウスで再生位置を細かく調整して、0.3秒の映像を一コマずつ送り出す。最初のコマには、その黒い塊は薄い。次のコマではやや濃くなる。その次のコマでは、さらに形が明確になっているように見える。そして最後のコマを過ぎると、塊は消える。本当に、0.3秒だけの出来事だ。
心臓がわずかに速くなった。
サキは椅子の背に寄りかかった。これは何か。編集ソフトの不具合?ファイルの破損?それとも、本当に部屋に何かいたのか。そんなはずがない。鍵は閉めている。窓も開けていない。ここ数日、人を招いたこともない。
もう一度、動画を頭から見直してみた。
タイムラインを先頭に戻して、通常速度で再生する。サラダを切る音が聞こえる。机の上で野菜が輝いている。朝日が心地よく、自然な映像だ。何の違和感もない。ただ、その0.3秒の部分を過ぎると、明らかに空気が変わった気がした。気のせい、かもしれない。
サキはファイルを保存して、パソコンを閉じた。
翌朝、最初の映り込みが入った動画をもう一度確認してみた。アップロード済みの動画を、再度ダウンロードして再確認する。映り込みは確かにあった。それは間違いない。だが、その後、視聴者からの指摘コメントは一件も入っていなかった。
サキは、その事実に静かな不安を感じた。
──(第2話へつづく)