第1話 毎晩同じ改札
夢の中に、駅があった。
最初は気にしなかった。夢の中の場所なんて、毎回変わる。昨夜は高校の教室で、その前はマンションの階段で、その前は誰かの結婚式だった。夢というのはそういうものだ。目が覚めれば、どこにいたのかさえ曖昧になってしまう。
でも気づいたら、三週間続けて同じ駅に来ていた。
最初に気づいたのは、二週間目の金曜日だった。あ、この駅、昨日もいたな——その程度の違和感だった。だが三日連続で同じ場所に行き着くと、さすがに何かおかしいことに気づく。そして今、毎晩毎晩、必ずこの駅に辿り着く。
薄暗い改札。天井の蛍光灯は半分ほどが消えており、残されたものは青白い光を放射して、なんとも陰鬱な雰囲気を作り出している。乗降客はまばら。時折、定義のない人影が通り過ぎるが、それが本当に人間なのか、それとも夢の中に漂う記憶の残骸なのかは、判然としない。
どこの路線とも繋がっていない行き止まりのホームが、いくつもある。一番目のホーム、二番目のホーム、五番目のホーム。番号に規則性がなく、やたらに多くの線路が並んでいる。どれもこれも奥へ奥へと続いており、その先は暗くて見えない。
ホームごとに行き先が書いてあった。黄色くなった案内板の上には、実在しない目的地の名前が並んでいる。「図書館の夢」「海辺の夢」「子どもの頃の夢」——いや、四番目のホームには「緑の迷路」と書いてあった。五番目のホームは「誰かの後ろ姿」だ。
これは他人の夢だ、とリョウはなぜか確信していた。
自分の夢なら、もっと別の風景が広がっているはずだ。もっと論理的で、もっと自分に都合のいい景色が見えるはずだ。だがこの駅は違う。駅全体が発する空気が、どこか他者的だ。赤の他人の無意識から漏れ出した、そんな感覚がある。
乗降客の誰かが、この駅の所有者なのだろう。あるいは、この駅そのものが、誰かの根深い無意識の姿をしているのかもしれない。
夢の駅は、そういう場所だ——リョウはそう理解していた。ここに存在する数々のホームと行き先。それらはすべて、別の誰かが見た夢への入口なのだ。乗れば、その夢の中に入れる。他人の深層心理の中へ、侵入することができる。
でも乗り方が分からなかった。
幾度も試みようと試みた。改札を抜けようとすると、体が止まってしまう。目に見えない壁に遮られるような感覚だ。足は動こうとするのに、脚全体が鉛のように重くなり、一歩も進めない。改札機は無言で赤いランプを灯し、リョウの侵入を拒み続けている。
もしかして、ここには入ってはいけない場所なのか。警告なのか。それとも単に、ルールを知らないだけなのか。
そう考えていた時だった。
「初めてだと通れないよ」
声がした。振り返ると、駅のベンチに女の子が座っていた。
年齢は十歳か十一歳。制服なのか、それとも学校の指定の体操着なのか、判然としない衣装を着ている。髪は肩まであり、細く繊細な印象を受ける。だが目つきは大人びており、何かを知っている者の表情をしていた。
「ここ、どうやって来たの?」と彼女は言った。
質問というより、確認だ。自分より後に来た者に対する、先輩的な詰問。リョウは改札の前から体の向きを変えた。
「詳しいことは分からない。毎晩、気づいたらここにいて」
「——そっか」
女の子は頷いた。ベンチの上で、両足を揺らしながら。
「君は」と女の子は続けた。「迷い込んだ人だ」