彼の名前は、水島さんといった。私も、初めて本名を名乗った。橋のたもとの自動販売機で温かい缶コーヒーを買って、二人でベンチに座った。
面と向かって話すのは、紙に書くのとはまるで違った。声には温度があって、間があって、笑い方があった。水島さんは、私が書いていたより照れ屋で、ときどき言葉に詰まると、頭をかいて黙ってしまう。その仕草が、なんだかとても愛おしかった。
「本当は、もっと早く会いたかったんです」と彼は言った。「でも、こわかった。あなたにとって、僕がただの気晴らしだったらどうしようって」
「気晴らしなんかじゃありません」私はきっぱり言った。「あなたと話す時間が、私を支えてくれた。ほんとうです」
彼は少し驚いた顔をして、それから、ゆっくりうなずいた。
私たちは夜が明けるまで話し続けた。仕事のこと、家族のこと、好きな音楽のこと。紙には書ききれなかった、たくさんのこと。空が白みはじめるころ、水島さんがぽつりと言った。
「これで、光の会話は終わりですね。もう、電話でも直接でも話せる」
少しの寂しさが、確かにあった。あの、名前も知らずに光だけで通じ合った夜々は、もう戻らない。
「でも」と私は言った。「今夜からも、続けませんか。あの、灯りの合図。おやすみの三回だけでも」
水島さんは、目を細めて笑った。「いいですね。それは、ずっと続けましょう」
朝日が運河を照らしはじめた。私たちは連絡先を交換して、それぞれの部屋へ帰った。生まれて初めて、朝が待ち遠しいと思える夜明けだった。