病院の面会は、午後だけだった。
夜型の私にとっては、ほとんど早朝に等しい時間。それでも私は行った。四人部屋の窓際、点滴につながれた透さんは、ずいぶん痩せて見えた。私に気づくと、彼はばつが悪そうに目をそらした。
「こんな昼間に、よく起きられたな」
「あなたが心配で、寝てられませんでした」
本音がこぼれた。透さんは何も言わず、天井を見た。
「無理してたんですね」私は椅子を引いて座った。「誰かの一日の始まりのためって、格好いいこと言って。自分の一日は、終わらせすぎでしたよ」
彼は小さく笑って、それから真顔になった。「昔、一緒に店をやってた人がいたんだ。その人が――先に逝ってさ。だから俺が、二人ぶん働かなきゃって、ずっと思ってた。休んだら、忘れちゃう気がして」
雨の夜に聞いた「いない誰か」。ようやく形が見えた。悲しみを、労働で埋めていた人。
「私、間違いを直す仕事だって言いましたよね」私は言った。「透さんの働き方は、たぶん間違ってます。赤字だらけの原稿みたいに」
彼が、ふ、と息を吐くように笑った。久しぶりに見る、コインランドリーのときの、ゆるんだ顔だった。
「直してくれる?」
「直します。でも、それには時間がかかるんです。校正って、何度も読み返すから」
「じゃあ、何度でも会わなきゃな」
そう言って、彼は窓の外を見た。昼の光が眩しくて、私は少し目を細めた。透さんの夜と、私の夜。それが昼の病室で、初めて重なっていた。
帰り際、彼が呼び止めた。「退院したら、コインランドリーじゃなくて」少し言いよどんで、「朝いちの、焼きたてを食べに来てくれ。営業前の、あの時間に」
それはたぶん、彼にとって精一杯の言葉だった。私はうなずいた。「右から二番目の席、取っておいてくださいね」
病室に、二人ぶんの笑い声が小さく響いた。