公開収録の日が来た。
駅前のホールは、満席だった。深夜ラジオの公開収録に、こんなに人が集まるのか。楽屋で、僕は膝が笑っていた。
そして、僕はついに、キョウコと対面した。
想像と、全然違った。色っぽい声から、艶やかな美女を想像していたのに、現れたのは、小柄で、ジャージ姿の、四十がらみの、やたら元気なおばちゃんだった。
「あんたが狼くん? へえ、思ったより、まともな顔してるじゃない」
声だけは、まぎれもなく、キョウコだった。
「あの……想像と、違いました」
「あら、失礼ね。声で美人だと思った? 深夜ラジオはね、声を売る商売なの。想像は、リスナーの自由。でも現実は、この、ジャージのおばちゃんよ」
キョウコは、豪快に笑った。その笑顔を見た瞬間、なぜか、緊張が少しほぐれた。この人は、電波の向こうでも、こっちでも、同じ人だ。裏表がない。
本番。ステージに上がると、客席のライトで何も見えなかった。それが、逆によかった。まるで、いつもの部屋で、ラジオに向かって喋っているみたいだった。
「はい、それでは、我らが準レギュラー、眠らぬ狼くんの登場です!」
拍手が起きた。僕は、震える声で、マイクを握った。
「……ど、どうも。眠らぬ狼です。今日は、緊張しすぎて、朝から羊を、五千匹数えました」
会場が、どっと笑った。
その笑いが、波のように、僕を包んだ。生身の、たくさんの人の、あたたかい笑い。電波越しではない、本物の反応。
キョウコが、隣で、にやりと笑った。「ほら、できるじゃない」
その夜、僕は、生まれて初めて、人前で、たくさんの人を笑わせた。
終演後、客席の後ろに、商店街のみんなの顔が見えた。八百屋のおじさんが、親指を立てていた。
僕は、もう、透明じゃなかった。