その日から、私は仕事の合間に、少しずつ絵を描くようになった。店のスケッチ、お客さんの後ろ姿、夕暮れの路地。うめさんは「いいじゃないか」と目を細めて眺めてくれた。
だが、ある夕暮れ、異変が起きた。
いつものように路地を訪れると、店の引き戸が、うっすらと透けて見えたのだ。ぎょっとして中に入ると、うめさんが、いつもより疲れた顔で座っていた。
「うめさん、店が……」
「気づいたかい」うめさんは静かに言った。「この店はね、人がなくしたものを『信じる心』で、成り立っているんだ。目に見えない忘れものを、本当にあると信じる人がいるから、店は現れる。でも、近ごろは、そういう人が減ってきてね」
私は胸が締めつけられた。この店が、消えてしまう?
「昔はもっと、みんな、目に見えないものを大事にしていた。ご先祖様や、言霊や、思いやり。でも今は、目に見えるもの、数字にできるものばかりが、重んじられる。忘れものを取りに来る人も、減った」
うめさんの姿も、心なしか、薄くなっている気がした。
「うめさんも、消えちゃうんですか」
「私はね、もともと、この店といっしょに生まれた存在だから。店が消えれば、私も消える。それが道理さ」
そう言ううめさんの声は、どこか穏やかで、諦めがにじんでいた。
「いやです」私は思わず声をあげた。「そんなの、いやです。だって、この店は、こんなにたくさんの人を、救ってきたのに」
「あかり」うめさんは優しく私を見た。「あんたが、ここで学んだことを、外の世界で伝えていけばいい。目に見えないものにも、ちゃんと価値があるってことをね。それが、この店の、本当の続き方だよ」
私は、うつむいた。まだ、諦めたくなかった。この店を、うめさんを、救う方法が、きっとどこかにあるはずだと。