俺と藤沢さんの仲は、ゆっくりと進展していった。喫茶店に通ううちに、たまに一緒に買い物をしたり、彼女おすすめのレシピを教わったり。俺の料理の腕も、少しずつ上がっていった。
そんなある夜、異変が起きた。
帰宅して冷蔵庫を開けると、レイの声が、いつもより弱々しかった。
「おかえり……なさい……」
「どうした、レイ。元気ないな」
「なんだか……調子が、悪いのです。中が、うまく冷えなくて……」
よく見ると、冷蔵室の温度が、明らかに上がっている。アイスがどろどろに溶け、牛乳もぬるい。
「おい、大丈夫か」俺は本気で心配になった。
「たぶん……寿命かも、しれません」レイは、かすれた声で言った。「私はもう、十年、働いてきました。冷蔵庫の寿命としては、十分すぎるほどです」
「そんなこと言うなよ」
俺は焦って、家電量販店に電話をかけようとした。だが、レイが止めた。
「待ってください。まずは、修理を試みるべきです。裏の、放熱板に、埃がたまっているかもしれません。掃除をしてみてください」
言われるまま、俺は冷蔵庫を動かし、裏側を確認した。案の定、放熱板は、埃でびっしり覆われていた。十年分の埃だ。俺は掃除機で、丁寧にそれを吸い取った。
しばらくすると、レイの声に、少しずつ張りが戻ってきた。
「ああ……楽に、なりました。ありがとうございます。埃で、うまく熱が逃がせなかったのですね」
「よかった……」俺は、心底ほっとした。「脅かすなよ、心配しただろ」
「あなたが、私を心配してくれるとは」レイは、しみじみ言った。「出会ったころは、私を、ただの箱扱いだったのに」
「……うるさい」
俺は、気づいていた。いつのまにか、レイは俺にとって、ただの家電ではなくなっていた。大事な、同居人だった。失うことを考えると、胸が、ぎゅっとなった。
「長生きしろよ、レイ」
「善処します」