一年が過ぎた。
私は相変わらず、夜に間違いを直している。透さんは相変わらず、夜にパンを仕込んでいる。ただ、二人の夜は、もう別々ではなくなった。
コインランドリーには、今でもたまに二人で行く。恋人になっても、あの店の空気が好きだった。回るドラムを眺めながら、缶コーヒーを分け合う。右から二番目の乾燥機は、私たちにとって特別な席のままだ。
「なあ」その夜、透さんがドラムを見つめたまま言った。「うちの店、休みの日を作ろうと思うんだ」
私は驚いた。あの、働きすぎだった人が。
「週に一日。母さんも、それでいいって。休んだからって、克也のことを忘れるわけじゃないって、やっと分かったから」彼は少し笑った。「その休みの日にさ、澪と、昼間に出かけたい。まぶしいとこ、いっぱい」
昼間に、二人で。夜の住人だった私たちが。
「行きましょう」私は言った。「日焼け止め、買わなきゃ」
乾燥機が鳴った。二人でシャツをたたむ。彼に教わったやり方で、皺を伸ばし、角をそろえる。他人の洗剤の匂いだと思っていたものは、いつのまにか、私の家の匂いにもなっていた。
店を出ると、空が白みはじめていた。私たちはパン屋に向かって歩く。彼が仕込んだ生地が、もうすぐ焼きあがる時間。
「今日の『みお』は、自信作なんだ」透さんが言った。
「毎日そう言ってますよ」
「毎日そうだからだよ」
路地の奥に、小さな明かりがともっている。誰かの一日の始まりのために焼かれるパン。その中に、私の名前のパンが一つ。
焼きたての匂いが、朝の空気に溶けていく。眠らない街の片隅で始まった、二人ぶんの夜は、こうしてやっと、同じ朝にたどり着いた。
ドアの鈴が鳴る。「いらっしゃい」と、彼が言う。私の一日でいちばん静かで、いちばん好きな時間は、もう終わりの十五分じゃなく、始まりの朝になっていた。(了)