壁の向こうの声 第4話「壁越しのやり取り」

# 第4話 壁越しのやり取り

パターンに気づいたのは、二週間目のことだった。

向こうが叩いた数の、2倍が返ってくる。それが法則のようだった。3回→6回。1回→2回。2回→4回。最初は気のせいだと思っていたが、毎晩繰り返された。夜中の2時、3時、決まって壁から聞こえてくるノック音。リズムを変えても、強さを変えても、いつも同じ法則で返ってきた。

偶然ではない。何かが、応答している。

その事実が脳裏に焼きついてから、僕は眠れなくなった。ベッドの中で天井を見つめながら、時間が過ぎるのを待った。やがて例の音が聞こえると、思わず身体が硬くなった。だが同時に、得体の知れない興味が胸の奥からわき上がってくるのを抑えられなかった。

試してみた。5回叩くと、10回返ってきた。

壁に手を当てた状態で数えた。正確に10回。その後、数秒の沈黙。まるで相手が数え終わるのを待つかのような、その間隔。僕の心臓の鼓動が大きく聞こえた。

恐怖と好奇心が拮抗していた。怖い。隣の部屋に何かがいるのかもしれない。怖い。でも目が離せない。翌日も、その翌日も、仕事から帰るとまずアパートの部屋に入った。昼間でも壁に耳を当てたりして、音がないか確認した。同僚から「顔色が悪い」と指摘されても、上手く受け流した。

ある夜、規則を変えてみた。強く1回、弱く2回、という叩き方をした。返ってきたのは、強く2回、弱く4回だった。

息が止まった。

その瞬間、僕は確信した。向こう側は、単に数を2倍にしているのではない。音の質感まで再現している。強さ、リズム、間隔——全てが倍になっている。これは機械では不可能だ。誰かが、僕の音を聞いて、意識的に返している。

ペンライトを持って壁に近づき、隙間がないか調べた。壁紙も新しく、塗装も丁寧に施されている。隣の部屋の入口は別の階段の向こうにあるはずだ。昼間に確認に行ったが、402号室は表札が外されていた。

その夜、壁に耳を当てた。音の後に、何か別のものが聞こえた気がした。

声、ではない。でも声に近い何か。かすかな息遣いのような、あるいは部屋が軋む音のような、そういった人間らしい音が。僕は息を殺してさらに耳を澄ました。心臓の音が邪魔をした。耳の奥で血液が流れる音が大きく聞こえた。

「誰かいるの?」と声に出してみた。

返答はなかった。

壁越しに沈黙だけが返ってきた。数秒。数十秒。その間、僕は吐く息さえ止めていた。もしかして、声では聞こえないのか。もしかして、相手は存在しないのか。理性がささやいた。だが身体は正直だった。手汗が出ていた。体温が上がっているのを感じた。

ただ、壁の温度が、自分の掌の温度と違う気がした。向こう側が、少し冷たかった。

長い間耳を当てていたせいで、接触面がだんだん冷たくなってくるのを感じた。それなのに、壁の内側からは、もっと深い冷気が伝わってくるような気がした。それは空調による冷気ではなく、別の種類の冷たさ。生命のない、物質的な冷たさ。あるいは、その反対かもしれない。

僕は壁から手を離した。

暗い部屋で、その壁をじっと見つめた。明日も、あの音は聞こえるだろう。そして僕は、また応答するのだろう。このやり取りに、終わりはあるのだろうか。

天井の角に、昼間は見えなかった影が、ゆっくり動いているような気がした。

──(第5話へつづく)

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