第4話 田中の謎作業
田中が深夜に何をやっているのか、気になってきた。
ここのところ、毎晩11時を過ぎた頃になると、リビングから細かい音がする。ペンでカリカリと紙に何かを書く音だ。最初は気にしていなかったが、三日連続で同じ音がしたので、さすがに気になり始めた。何か悩みでもあるのか。それとも、趣味の創作か。わざわざ夜中にやることなのか、謎は深まるばかりだった。
ドアが少し開いていたので覗いてみると、田中はリビングのテーブルに紙を広げて、何かを書いていた。額には額の皮をよせて、かなり真剣な顔をしている。その表情は、大事な決定を下す政治家のようだ。
「何してんの」
田中は振り返らずに言った。「規約の改訂版を作っている」
「規約?」俺は首をかしげた。あの共同生活規約か。あんなもの、今も昔も機能しているとは思えない。
「夜中の2時に?」
「インスピレーションは時を選ばない」
田中のこういう返答は初めてではない。彼は時々、突然ポエティックになる。その時は決まって、何かを始める寸前だ。前回はこの言葉が出た直後に、無駄に凝ったカレーを作られた。
近づいて見ると、A4の紙に細かい字で「共同生活規約 改訂第二版」と書いてあった。冊子のような見た目で、かなりのボリュームがある。条文は第17条から増えて、すでに第24条まであった。毎行ぎっしりと、田中の字で埋め尽くされている。彼がどれだけの時間をこれに費やしたのか、想像するだけでめまいがする。
「どんな条文が増えたの」
「第18条、冷蔵庫の上段は共有とする。第19条、洗濯物は乾いたら速やかに取り込む。第20条——」
「待って、それ普通の生活ルールじゃないの」
何を改訂しているのかと思ったら、要は俺へのクレームを規約化しているわけだ。これまで口頭で「洗濯物取ってよ」と言われていたことを、公式な条文にしようということか。
「規約に昇華することで、遵守率が上がる」
田中は自信に満ちた顔で言った。確かに聞こえはいい。が、理屈が通っているかは別だ。
「誰が調べたの、そのデータ」
「体感」
体感で規約を作るな、と思ったが、なんか言い返せなかった。田中の真摯な表情を見ていると、何か異議を唱えるのが野暴に思えてくる。彼は本当に、この共同生活をよくしたいと思っているのだ。その気持ちだけは、伝わってくる。
しかし同時に、こういう面倒な奴と一緒に住んでいるという現実も、改めて突きつけられた。
「で、第24条まであるの?」
「いや、まだ続く。第25条は準備中だ」
さらに増えるのか。いつまで続くつもりなのか。俺は深くため息をついた。
──(第5話へつづく)