眠れない君へ 第5話「LINEのトーン」

第5話 LINEのトーン

その夜から、涼花とのLINEが変わった。

前は返信が遅かったのに、深夜になると既読が早くつくようになった。文章も短くなった。「ね」「そうかも」「わかる」。少ない文字の中に、何か体温みたいなものを感じた。最初、それが何なのか分からなかった。でも毎晩スマホを手に取る度に、その感覚は強くなっていった。

ある夜、「今日バイトでムカつくことあった」とだけ送ってきた。

それまでの涼花は、そういう個人的なことを話す人ではなかった。授業の話題、テストの話、クラスのこと。いつもどこか一定の距離を保つような話し方をしていた。だから、その一行の投稿を見た時、何か大事なものを渡されたような気がした。「何があったの」と返すと、長い愚痴が続いた。先輩の理不尽な指摘のこと、客とのやり取りでモヤモヤしたこと、帰り道に雨に降られたこと。読みながら、なぜか嬉しかった。

「なんで嬉しいんだろう」と、自分でも不思議だった。

友達に愚痴を送るのと、同じことのはずだ。でも違う気がした。友達への愚痴は、共感を求める発話だ。でも涼花のこれは、僕に聞かせたい、僕に分かってもらいたいという思いが詰まっているように感じられた。スマホの向こう側にいる彼女の顔が浮かぶ。きっと眉をひそめているんだろう。そう想像するだけで、何か胸が締め付けられた。

「その先輩、最悪だね」と返すと、涼花は「でしょ!」と返してきた。いつもより多くの感情が込められた返信だった。

ある深夜、「眠れない」とだけ来た。

その言葉を見た時、僕は自分の気持ちがはっきりしたような気がした。同じ時間に眠れない君がいる。その事実が、どうしようもなく好きだった。「俺も」と返すと、「じゃあ話そう」と彼女が言った。それからしばらく、電話でもなくLINEで交互に言葉を投げ合った。文章で伝えることの、その緩やかさが心地よかった。相手の顔が見えないからこそ、言葉が余計に丁寧に、そして正直に見えた。

話題は他愛なかった。好きな音楽、嫌いな食べ物、子どもの頃の話。涼花は小学生の時、図書委員をしていたこと。本が好きなこと。でもうっかり寝坊して約束を忘れることもあること。そういう、大事なようで些細な情報が、たくさん詰まっていた。僕も話した。バイト先での失敗のこと、実は数学が得意ではないこと、夜中に一人で外を歩くのが好きなこと。

気づいたら午前3時を過ぎていて、涼花が「眠くなってきた」と送ってきた。

ああ、そうか。彼女も眠くなったんだ。当たり前のことだったが、なぜか切ない気持ちがした。これで今夜の時間が終わってしまう。この、二人だけの空間が消えてしまう。「よかった」と返すと、「おやすみ」と来た。その言葉は、誰にでも使う定型句のはずなのに、僕にだけ向けられた言葉に感じた。

スマホを置いて天井を見た。

部屋は暗く、窓の外には街灯の光が入ってきていた。僕はまだ眠れなかった。でも今夜は、それが嫌じゃなかった。むしろ、この眠れない時間が続いてほしいとさえ思った。涼花が眠りについた今、この瞬間も。天井の暗がりの中で、僕は目を開けたままでいた。

スマホが小さく光った。もう一度メッセージが来たんだろうか。でも、それは朝に読もう。涼花の、おやすみという言葉だけで十分だった。

──(第6話へつづく)

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