俺とお前と深夜の攻防 第3話「リビング交渉」

第3話 リビング交渉

問題が発生した。リビングの使用時間が重なるようになったのだ。

俺は深夜0時すぎにゲームをする。最新のアクション系RPGにハマっていて、仕事から帰ってきた後、シャワーを浴びてから集中してプレイするのが日課だった。ボスキャラとの戦闘に突入すると、気づけば朝方になっていることもしばしば。深夜のリビングは俺の聖域だと思い込んでいた。

一方、田中は深夜1時から「作業」をする。作業の内容は不明だが、とにかくリビングで何かをやる。パソコンをカタカタと叩く音が聞こえることもあれば、紙をめくる音だけが響くこともある。何をしているのか聞いても「秘密」の一点張りだ。副業なのか、趣味なのか、それとも何か後ろ暗いことなのか。真相は謎のままである。

その夜、ついに衝突が起きた。俺がボスに集中していると、田中がリビングに降りてきた。時刻は深夜12時50分。いつもより10分早い。

「悪いんだけど」と田中が切り出した。「そろそろ作業始めたいんだけど」

「あと10分待てよ。ボスの攻略で重要な場面だ」

「さっきからずっと重要な場面じゃん」

「違う。今回は本当に重要なんだ」

こんな押し問答を3分ほど続けた。その時、田中が唐突に言った。

「交渉が必要だな」

「何時から何時を誰が使うか、決めよう」

急に真面目な顔になった田中の提案に、俺は戸惑った。単なる口論だと思っていたのに、相手は本気だったのだ。

「お前が先に言ったからお前が譲れよ」と俺は言った。

「論理が逆。先に言ったほうが権利を主張できる」

「そのルールはどこの法律に書いてある」

「規約第5条に書く」

「まだ書いてないじゃないか」

この言い合いは、まるで裁判のようだった。リビングという小さな戦場で、俺たちは真面目に譲り合わず、互いの論理をぶつけ合った。ゲームのコントローラーはリモコンテーブルに置かれたまま、次第に冷えていくコーヒーが静かに蒸気を立てていた。

30分の交渉の末、リビング使用は「夜11時〜深夜1時は俺優先、深夜1時〜3時は田中優先」という合意に達した。双方が納得する落としどころを見つけるまで、俺たちは何度も案を出し直し、互いの主張をぶつけ合った。時間をめぐる戦いは、意外と激しかったのだ。

田中は合意書(メモ帳に手書き)を作成し、両者がサインした。字は自分たちでも読みにくいほどの殴り書きだったが、何か格別な重みを感じた。そこには、この家で生きる二人が交わした約束が記されていた。

「これ、法的効力は?」と俺は尋ねた。

「ない」と田中は即答した。

「意味は?」

「誠意」

この会話、最近どこかで聞いた気がした。何だっけ。そう思いながら俺はメモ帳の合意書を見つめた。破れやすい紙に手書きされたそれは、どう見ても公式な契約書ではなかった。だが、その瞬間、田中の横顔を見て気づいた。こいつは本気で、この約束を守るつもりなのだ。俺も同じだった。

──(第4話へつづく)

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