透さんが、来なくなった。
最初はたまたまだと思った。二晩、三晩。零時にドアを押しても、右から二番目の乾燥機は冷たいままだった。四晩目、私はとうとう窓際の席で、意味もなく長居した。洗濯なんて、とっくに終わっているのに。
連絡先は知らなかった。カードにあるのは店の住所だけ。でもパン屋に押しかけるのは、なんだか違う気がした。私たちは、真夜中のコインランドリーで会う関係だった。そこから踏み出すには、まだ何の約束もしていなかった。
五晩目、私は思いきってパン屋の前まで歩いた。看板は出ていたけれど、いつもの明かりが弱い。ガラス越しに見えたのは、透さんではなく、年配の女性だった。エプロンをつけて、パンを並べている。
ドアを開けると、鈴が鳴った。
「いらっしゃい」女性が振り向いた。透さんによく似た、優しい目をしていた。
「あの……透さんは」
女性の手が止まった。「息子の、知り合い?」
息子。ということは、この人は。
「透ね、倒れちゃってね」女性は静かに言った。「無理がたたったんでしょう。ずっと一人で、夜通し働いて。今は病院。命に別状はないんだけど、しばらく厨房はお休み」
頭が真っ白になった。心配と、それから、自分がこんなに動揺していることへの戸惑いが、いっぺんに押し寄せた。私はただの、コインランドリーの隣人なのに。
「あなた、澪さん?」女性が言った。
名前を、なぜ。
「あの子、言ってたのよ。真夜中に、間違いを直す仕事の人と会うって。楽しそうに」女性は少しだけ笑った。「あんな顔、久しぶりだったから、覚えてたの」
私は病院の名前を聞いて、店を出た。夜明け前の路地に、まだ小麦の匂いがかすかに残っていた。透さんのいない厨房から漂う匂いは、少しだけ寂しかった。