気づくと、朝だった。
俺は床に倒れていた。テレビは通常の番組を映していて、部屋の明かりも点いている。ウォッチを見た。歩数の記録は、九十九で止まったまま。二つ目の心拍のグラフは、消えていた。
夢だったのか。そう思いたかったが、首の後ろにはまだ、あの冷たい息の感触が残っていた。「かわってくれ」。その意味を、俺はずっと考えていた。
田所さんは、何かと「かわって」ほしがっている。持ち主が変わるたびに近づき直すのは、次の「かわる相手」を探しているからではないか。
俺はもう一度、あの出品者――田所さんを知る人物に連絡した。田所さんの死ぬ前の状況を、もっと詳しく知りたかった。
返ってきた話は、意外なものだった。
「田所さん、双子だったんですよ。弟がいた。でも、その弟が、田所さんが二十歳のとき、事故で亡くなってる。ずっと、それを引きずってたって」
双子。二つの心拍。
「田所さん、生き残ったことを、ずっと後悔してたそうです。『自分がかわってやればよかった』って、口癖みたいに言ってたって」
自分がかわってやればよかった。
背筋が寒くなった。田所さんの「かわってくれ」は、俺への呪いじゃない。彼自身が、ずっと弟に言われ続けていた――いや、自分が弟に言いたかった言葉なのかもしれない。
死後、田所さんの意識は、あのウォッチの中で、いまだに「かわる相手」を探して、眠りの中をさまよっている。二つ目の心拍は、彼の亡き弟。田所さんは、死んでもなお、弟と自分を「入れ替えよう」として、生者の眠りに手を伸ばし続けている。
だとしたら、あと一歩で、俺は田所さんと「かわる」ところだった。彼の後悔を肩代わりして、俺が眠りの中の亡霊になり、田所さんが解放される。
その夜、俺は決めた。逃げるのでも、やり過ごすのでもない。田所さんの後悔そのものと、向き合うしかない。
ウォッチを手首に巻き直し、俺はベッドに横たわった。午前三時を、今度は正面から迎えるために。