翌朝、出社した俺は、真っ先にエレベーターの操作盤を確認した。B1から12まで。あたりまえだが、13のボタンなんてなかった。ほら、やっぱり見間違いだ。俺は苦笑して九階へ上がった。
昼間のエレベーターは、人の乗り降りが多く、明るく、なんの変哲もない。あの深夜の違和感が嘘のようだった。
だがその夜も、俺は残業をした。プロジェクトの納期が近く、帰れる状況ではなかった。フロアに残っていたのは俺一人。午前零時を過ぎ、疲れた体を引きずってエレベーターに乗る。
「1」を押そうとして、指が止まった。
また、あった。12の上に、「13」のボタン。昼間は確かになかったはずのそれが、深夜になると現れる。冷たいものが背筋を這った。
俺はしばらくボタンを見つめていた。押してみようか、という誘惑が、頭の隅にちらついた。押せば、何が起きる? 存在しない階に、行けるのか?
ばかばかしい。俺は「1」を押した。かごが下降する。ところが——8、7、6と減っていくはずの表示が、途中で止まった。「6」で扉が開く。誰もいない、真っ暗な六階のフロアが広がっていた。
誰かが呼んだのか。だが、人の気配はない。数秒後、扉は勝手に閉まり、かごは再び下降を始めた。
一階に着き、俺は外へ出た。心臓が嫌な音を立てていた。あの「13」のボタン。あの、勝手に開いた扉。偶然だと思いたかった。
その夜、俺は決めた。もう二度と、深夜にあのエレベーターには乗らない。階段で帰ろう。たとえ九階でも。
だが、そんな決意が長く続かないことを、俺はまだ知らなかった。