第2話: 二回の点滅

翌日は仕事だった。日中、患者さんの点滴を換えながらも、私の頭は前夜の点滅でいっぱいだった。あれは偶然だ、と何度も自分に言い聞かせた。誰かがたまたま電気を消して点けただけ。深い意味なんてない。

それでも、明け方に帰宅すると、私はまっすぐベランダへ出た。運河の向こう、三階の端の部屋。灯りは今夜もともっている。私は深呼吸をして、部屋の電気を、一回、消して点けた。

数秒の沈黙。冷たい風が首筋を撫でた。

——ぱっ。向こうの灯りが、一回、点滅した。

偶然じゃない。今度こそ、はっきりわかった。心臓の音がうるさいくらいに響いた。私は震える手で、もう一度、二回。向こうも、二回。三回送れば、三回返ってくる。

私たちは、川を挟んで、光だけで会話をしていた。

どんな人なんだろう。男の人か、女の人か。若いのか、年配なのか。何も知らない。知らないからこそ、この時間が奇妙にやわらかく感じられた。日常のしがらみも、肩書きも、年齢も関係ない。ただ「起きている者どうし」として、光を交わしている。

私は最後に、大きくゆっくり三回、電気を点滅させた。「おやすみ」のつもりだった。

向こうも、ゆっくり三回、応えた。

それから、ふっと灯りが消えた。私も部屋の電気を落とし、暗くなったベランダで、しばらく運河の音を聞いていた。

名前も顔も知らない誰か。けれど確かに、今夜の私はひとりではなかった。カーテンを閉めながら、私は久しぶりに、明日が来るのが少し楽しみだと思った。

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