そら君の母親に手紙を届けてから、しばらく平穏な日々が続いた。
だが、次の満月の夜、あわいの道で、異変が起きた。
手紙を届けての帰り道。いつもの道を歩いていると、脇道から、声がした。
「灯里ちゃん。こっちだよ」
祖母の声だった。私は思わず、足を止めた。
「おばあちゃん?」
脇道の奥に、祖母の姿があった。手招きをしている。だが、何かがおかしい。祖母の笑顔が、いつもより、ずっと大きい。口の端が、不自然に吊り上がっている。
「こっちにおいで。もっと、ゆっくり話そう。ずっと、一緒にいよう」
心が、揺れた。祖母と、ずっと一緒に。魅力的な誘いだった。だが、祖母の警告を思い出す。
『あわいの道には、悪い想いを抱えた者も紛れ込む。生者を、道連れにしようとする者が』
『見分け方は――心の目で見れば』
私は目を閉じ、心を静めた。そして、もう一度、脇道の「祖母」を見た。
見えた。祖母の姿の下に、別の何かが透けていた。黒く、うねる影。祖母の顔をかぶった、まったく別の存在。寂しさに狂った、亡者だった。
「あなたは、おばあちゃんじゃない」
私が言うと、影の顔が、醜く歪んだ。
「バレたか。だが、来い。お前は、一人だろう。この世で、一人ぼっちだろう。こっちに来れば、寂しくないぞ」
影が、手を伸ばしてきた。冷たい指が、私の腕を掴もうとする。
私は後ずさった。だが、脇道に片足を踏み入れてしまっていた。体が、引き込まれていく。
「立ち止まるな……!」
自分に言い聞かせ、私は残った力で、本道へ足を踏み出した。光る道へ。
「まっすぐに、帰る……!」
影の手が、私の腕から離れた。私は本道を、全力で走った。背後で、亡者の恨めしい叫びが響いていた。
ポストの投函口から、現実の世界に転がり出たとき、私は全身汗だくだった。
「危なかったですね」ポストが言った。「あなたは、心の目を持っている。お祖母様の言った通りだ」
配達人の仕事は、優しさだけではない。時に、命がけなのだと、私は思い知った。