第8話: 誘う声

そら君の母親に手紙を届けてから、しばらく平穏な日々が続いた。

だが、次の満月の夜、あわいの道で、異変が起きた。

手紙を届けての帰り道。いつもの道を歩いていると、脇道から、声がした。

「灯里ちゃん。こっちだよ」

祖母の声だった。私は思わず、足を止めた。

「おばあちゃん?」

脇道の奥に、祖母の姿があった。手招きをしている。だが、何かがおかしい。祖母の笑顔が、いつもより、ずっと大きい。口の端が、不自然に吊り上がっている。

「こっちにおいで。もっと、ゆっくり話そう。ずっと、一緒にいよう」

心が、揺れた。祖母と、ずっと一緒に。魅力的な誘いだった。だが、祖母の警告を思い出す。

『あわいの道には、悪い想いを抱えた者も紛れ込む。生者を、道連れにしようとする者が』

『見分け方は――心の目で見れば』

私は目を閉じ、心を静めた。そして、もう一度、脇道の「祖母」を見た。

見えた。祖母の姿の下に、別の何かが透けていた。黒く、うねる影。祖母の顔をかぶった、まったく別の存在。寂しさに狂った、亡者だった。

「あなたは、おばあちゃんじゃない」

私が言うと、影の顔が、醜く歪んだ。

「バレたか。だが、来い。お前は、一人だろう。この世で、一人ぼっちだろう。こっちに来れば、寂しくないぞ」

影が、手を伸ばしてきた。冷たい指が、私の腕を掴もうとする。

私は後ずさった。だが、脇道に片足を踏み入れてしまっていた。体が、引き込まれていく。

「立ち止まるな……!」

自分に言い聞かせ、私は残った力で、本道へ足を踏み出した。光る道へ。

「まっすぐに、帰る……!」

影の手が、私の腕から離れた。私は本道を、全力で走った。背後で、亡者の恨めしい叫びが響いていた。

ポストの投函口から、現実の世界に転がり出たとき、私は全身汗だくだった。

「危なかったですね」ポストが言った。「あなたは、心の目を持っている。お祖母様の言った通りだ」

配達人の仕事は、優しさだけではない。時に、命がけなのだと、私は思い知った。

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