その水曜日、藤代さんは来なかった。
初めてのことだった。私は何度も時計を見て、閉店の時間まで店先の花を並べ替えていた。彼のためというわけではない、と自分に言い聞かせながら。
翌週、彼はいつもより疲れた顔で現れた。目の下にうっすらと隈があった。
「先週は、来られなくて」
「いえ。何かあったんですか」
彼は少し迷ってから、静かに話しはじめた。
「祖母が入院しているんです。この花は、その病室に飾るためのものなんです」
私は息を呑んだ。大切な人。それは、おばあさんのことだったのか。
「祖母は昔、花が大好きで。庭でいろんな花を育てていたんです。今は体が弱って、外に出られない。だから、せめて一輪でも季節の花を届けたくて」
一輪だけの理由が、ようやくわかった気がした。病室の小さな花瓶に、無理なく飾れる分だけ。派手すぎない、優しい一輪を。
「花言葉を教えてくれるのも、祖母のおかげなんです。子どもの頃、花を渡すたびに意味を教えてくれた」
「素敵なおばあさまですね」
「ええ。だから、今度は僕が届ける番なんです」
その日、彼が選んだのは黄色いフリージア。花言葉は「無邪気」「あどけなさ」。子ども時代を思い出す色なのかもしれない。
包みながら、私はそっと一輪、白いかすみ草を添えた。
「サービスです。おばあさまに」
彼は驚いた顔をして、それから深く頭を下げた。その仕草がとても丁寧で、まっすぐで、私の胸を静かに温めた。
花が誰かの祈りになる。そのことを、私は彼から教わった気がした。