夢の駅 第7話「誰かの夏」

第7話 誰かの夏

夢の中は、夏だった。

土の道。蝉の声。木造の家。誰かの小学生の夏休みが、そこにあった。昭和の香りがする。空気そのものが懐かしい色をしている。リョウが夢の駅で働くようになってから、こうした光景に慣れてきたはずなのに、今日のこの夏は何か違う。より鮮烈に、より深く心に沁み込んでくるような気がした。

夢の主の子ども——小さな男の子が、縁側に座って虫かごを眺めていた。七、八歳だろうか。日に焼けた肌に、そばかすが点々と浮かんでいる。麦わら帽子を脱いで横に置き、片手で虫かごを持ち上げたり下ろしたりしている。その動作にはどこか儀式的な丁寧さがあった。

リョウとツキは少し離れた場所に立っていた。「流れを壊さないように」とツキが囁いた。彼女の声は常に優しい。仕事の中で何度も聞いた教え方だが、今日はいつもより強調されている。リョウは頷いて、息をそっと整えた。

男の子は何かを呟いていた。聞き取れなかったが、大事なものを見るような目をしていた。その瞳には祈りに近い真摯さがある。「もう逃げないでね」そう言っているのだろうか。あるいは「ありがとう」という感謝の言葉か。リョウには確かなことは分からなかったが、その言葉の重さは感じ取ることができた。

その虫かごの中に、光るものがいた。蛍だった。

一匹ではなく、数匹。薄暗い昼間でも、その身体からは淡い黄緑色の光が漏れている。完全な闇ではないこの時間帯でも、蛍たちは健気に光を放ち続けていた。それは儚いが、同時に不屈だ。夏の夜間に見かける蛍とはまた違う、昼間に見える蛍の光は、むしろ奇跡に近い。

「きれいだな」とリョウは声に出してしまった。

言うべきではなかったかもしれない。ツキが視線を向けた。だが咎めるような表情ではなく、むしろ頷いている。リョウの言葉が、この夢の流れを損なうものではなかったのだろう。

男の子がこちらを向いた。でも、見えていない様子だった。幽霊のような存在であるリョウたちを認識することはできない。ただ、何かを感じたように、笑った。その笑顔は満足そうで、同時にどこか寂しかった。それは、夏休みの終わりを知っている子どもの笑み。永遠だと思っていた時間が、実は有限であることに気づいた時の、あの複雑な表情。

リョウはそれを見つめながら、この子どもがなぜこの夢を見るのか、考えずにはいられなかった。蛍を捕まえたことの喜び。それを保とうとする願い。あるいは逃がしてしまったことへの後悔か。いずれにしても、この子どもにとって夏とは、何かを手にしようとして、同時に失うことを学ぶ季節なのだろう。

帰りの列車の中で、ツキが言った。「子どもの夢は、大事なものが濃縮されてる」

その言葉はリョウの思考を言語化したものだった。ツキはいつも、自分が感じたことを先に知っている。それは上司としての経験からなのか、それとも彼女の本来の能力なのか、リョウはまだ確かなことを知らない。

「あの子の夏は、もう終わりに近いんですか」リョウは問いかけた。

ツキは窓の外を見ながら答えた。「多くはそうだね。夏の終わりに人は、何かを失うことが多い。だからこそ、その失う直前の輝きが、夢に焼き付くんだ」

列車は闇の中を進んでいく。景色は見えず、音だけが聞こえる。走行音の中でリョウはまだ蛍の光を思い出していた。完全な黒ではなく、濃紺の虫かごの中で、何度も何度も明滅する光。その繰り返し。その必死さ。その儚さ。

「蛍って、どのくらい生きるんでしょう」リョウは呟いた。

「数日。長くても二週間程度だね」ツキが答えた。「その短い命を、精いっぱい光らせる。子どもたちはそれを知らずに、ただ美しいと思う。知らずに心に刻み込む」

窓の外から何かの光が射し込んだ。列車は夢の駅に近づいているのだろう。現実へ帰る時が来た。リョウはそれでも、あの虫かごの中の光をもう一度思い出そうとした。

あの子どもの夏は、もう少しで終わる。そしてその夏は、この子どもの人生の中で、いつまでも光り続けるのだろう。

──(第8話へつづく)

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