0.3秒の映り込み 第7話「名前」

第7話 名前

前の住人が残した紙の差出人を調べた。

アルバムの裏に、名前が書いてあった。「田村 奈緒」。

サキは何度も名前を読み返した。その名前は、写真に映った娘のものだったのだろう。幽霊のような存在だと思っていた女の子に、ようやく名前がついた。それだけで、何かが変わった気がした。不確かだった何かが、確かな存在へと変わっていく感覚。

SNSで調べると、今は別の街に住んでいるらしかった。アカウントが残っていた。写真は風景ばかり。人物写真はほとんど見当たらない。意識的に避けているのかもしれない。

メッセージを送るのは迷った。長時間、スマートフォンを握ったまま動けなくなった。もし返信が来なかったら。もし嫌だと言われたら。そんなことばかり考えていた。でも、このままでいいはずがない。サキは指を動かし、メッセージを入力した。「以前のお部屋に住んでいる者です。床の下のポーチを見つけました」。

送信ボタンを押した直後、後悔が押し寄せた。でもやがて、別の感情が生まれた。勇気ともいえず、ただの行動なのかもしれないが、それでも何かが前に進んだ気がした。

翌日、返信が来た。

スマートフォンの画面に青いバッジが表示されたのを見た時、心臓が高鳴った。その通知をずっと見つめていた。タップするまでに、数秒かかった。

「見てくれたんですね。ありがとうございます」

短い返信だった。でもその言葉には、深い何かが詰まっていた。サキは返信を何度も読んだ。感謝の言葉に、涙が出そうになった。

二番目のメッセージが届いた。

「あの子は、私が七年前に亡くした娘です。事故でした。あの部屋で一緒に暮らしていて……引越すとき、娘がまだそこにいる気がして、置いていけなくて。でもずっと誰にも見てもらえないままだと思っていました」

サキは画面を見つめた。

七年前。娘がいた。事故。その言葉の重さが、画面越しに伝わってきた。あのポーチに入れられていた人形や、写真や、手紙。それらはすべて、失われた娘への思いだったのだ。

サキは深呼吸をした。床の下のあの空間が、どういう場所だったのか、ようやく理解できた。それは忘れるために置き去りにされたのではなく、忘れないために隠されたものだったのだ。

返信を書き始めたが、何度も消した。何と言えばいいのか、分からなかった。こんな痛みを前にして、かける言葉があるはずがない。

それでもサキは、再びメッセージを入力した。

── (第8話へつづく)

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