第5話 ツキの夢はない
「ツキはどこから来たの?」と、五回目の夢の駅でリョウは聞いた。
ツキはベンチに腰かけたまま、少し間を置いた。夜行列車のような深い静寂が二人の間に流れる。駅舎の天井から落ちてくる月光が、ツキの横顔をそっと照らしていた。
「私は、この駅から出ない」
「出ないの? 出られないの?」
リョウの質問には、微妙な違いがある。ツキはそれに気づいたのか、少し考えてから答えた。
「出ない。ここが私の場所だから」
その言葉には、諦めではなく、むしろ確かな意志が込められていた。ツキは何度もこの駅で目覚めるたびに、自分がここに属していることを確認してきたのだろう。リョウはそう感じた。
「ツキの夢はあるの? ここから乗れる自分の夢が」
「ない」とツキは短く言った。「私はここの管理者みたいなものだから、夢を見ない」
管理者。その言葉が引っかかった。
リョウはこれまで、夢の駅をいくつも見てきた。だが、駅に管理者がいるという発想は持ったことがない。駅は単に存在するだけで、誰かに守られているものではないと思い込んでいた。けれど、ツキの姿を見ていると、それは幻想なのだと気づく。この静寂に満ちた駅も、列車の時間も、あるいはリョウがここへ来られることさえも、何らかの意志によって支えられているのかもしれない。
「ずっとここにいるの? 毎晩?」
「そう」
短い返事だった。しかし、その一言に含まれる重さはリョウの心に落ちていく。毎晩、毎晩。果てしない毎晩の繰り返し。それは苦しいことではないのか。
「それは、寂しくない?」
リョウは思わず聞いていた。自分の夢を探すために何度も駅に来ている自分ですら、ときには不安になるのに。
ツキは少し笑った。その笑顔には、リョウが初めて見る柔らかさがあった。
「寂しいかどうか、よく分からない。でも……あなたが来るようになってから、ここが少し変わった気がする」
その言葉を聞いて、リョウは胸が詰まるような感覚を覚えた。ツキにとって、リョウの訪問がそれほどの意味を持っていたのか。そして、自分自身も気づかないうちに、この駅を、そしてツキのことを、大切に思うようになっていたのだろうか。
窓の外を見ると、月がさらに高くなっていた。夜明けまで、もう時間がない。リョウはベンチに身を沈めて、ツキのそばに座った。何も言わずに、ただそこにいることが、今は一番大切なことに思えた。
ツキも何も言わなかった。二人は、夢の駅の静寂の中で、ゆっくりと時間を重ねていく。それは、夢の中での出来事なのか、それとも何か、もっと確かなものなのか。リョウにはまだ分からなかった。
しかし、分からないままでいいのだと、ツキのそばにいると、そう感じられるのだった。
──(第6話へつづく)