第5話 床の下
クローゼットの床を確認した。
見た目には何もなかった。
でも端の方の板が、少し浮いている気がした。
サキは息を止めたまま、その浮いた部分に指をかけた。板は予想より軽く、スルスルと持ち上がった。古い床材が軋む音がした。暗い隙間が現れた。
中には、小さなポーチが入っていた。黒い布製で、かなり古そうだ。何年ここに隠されていたのだろう。サキの手は少し震えていた。
開けると、折り畳まれた紙が一枚。手書きで、短い文章があった。
『これを見つけた人へ。ここに住んでいた者です。映り込みが見えているなら、最後まで見てください。あの子は怖くない。ただ、見てほしかっただけです』
サキは紙を持ったまま、しばらく動けなかった。
前の住人は、映り込みを知っていた。
そして「あの子」と呼んでいた。
誰のことだ。
サキは紙を読み返した。何度も、何度も。その度に、違う解釈が浮かんだ。「最後まで見てください」という言葉が、特に気になった。何を見るのか。映り込みの続き?それとも何か別のものか。
手紙の主は、映り込みが自分に見えていることを前提にしていた。それは、この部屋に住む者に、何か特別な性質があるということなのか。それとも、単なる偶然なのか。
クローゼットの壁に貼られた鏡を見た。相変わらず、白いモヤモヤした映り込みが見えている。でも今は、それが「あの子」だと言われてしまったため、見方が変わった。それは何かの生き物であり、何かを訴えかけているのかもしれない。
サキはポーチの中を もう一度確認した。紙の他には、古い鍵が一つ。銀色はすっかり黒ずんでいて、何の鍵なのか見当がつかない。
この鍵は何を開けるのか。この家の中に、何か他に隠されたものがあるのか。
サキは立ち上がり、部屋をゆっくり見回った。何かが違う。何かが、隠されている感覚。前の住人が手紙を残すほど、重要な何かが。
『あの子は怖くない』という言葉が、何度も頭に浮かんだ。怖くないなら、何なのか。悲しいのか。寂しいのか。何かを伝えたいのか。
手紙の最後に「見てほしかった」と書かれている。それは誰が言っているのか。前の住人なのか。それとも、映り込みの「あの子」なのか。
外はもう暗くなっていた。窓の外には、夜景が広がっている。サキは部屋の明かりをつけた。その時、鏡に映り込みが、いつもより明確に見えた気がした。
白いモヤモヤが、少しだけ形を持っているように見えた。まるで、何かが身体を動かしているような。
サキは手に握られた鍵を見つめた。前の住人は、この鍵で何かを開けることで、すべてが分かると言いたいのか。
(第6話へつづく)