第4話 ルール
夢の駅には、いくつかのルールがあった。
ツキが教えてくれた。最初、リョウはルールなんて厳しすぎないかと思ったが、この世界で生き残るためには必要なものらしかった。
「夢の中では、夢の主の流れを壊さないこと。物語を変えようとすると、夢が崩れる」
ツキの説明は淡々としていたが、その目は真摯だった。駅舎の薄暗い灯りの中で、彼女の横顔を見つめながらリョウは首を傾げた。
「夢が崩れると?」
「夢主が目を覚ます。それだけ。こちらも弾き出される」
言葉は簡潔だが、その先にある危険性がリョウには感じられた。目を覚まされる──それは夢の駅から強制的に追い出されるということだ。では、そこからどこへ行くのか。その疑問を口にしようとしたが、ツキは先へ進んでしまった。
「他には?」
「夢の中のものを、現実に持ち出せない。逆もそう」
「逆って?」
「現実のものを夢に持ち込もうとすると、重くなって沈む感じがする。やめた方がいい」
リョウはポケットの中の、現実から持ってきたスマートフォンのことを思い出した。あれも、やがては沈んでしまうのだろうか。何か現実の証を持っていたいという気持ちがあったが、それも無駄なのかもしれない。
最後のルールが一番大事だとツキは言った。その時、彼女の声音が変わった。それまでの淡々とした説明調から、どこか厳しさを増していた。
「夢に長く居すぎると、戻れなくなる」
この言葉だけは、重かった。
「戻れなくなるって、どうなるの?」
ツキはしばらく間を置いた。窓の外では、駅に停まっている夢の列車がぼんやりと光っていた。その光は現実のどのライトとも違う、柔らかく、どこか危険な輝きだった。
「夢の中で、ずっと眠り続ける。現実では、目が覚めない」
言葉は短いが、その意味は深刻だった。つまり、この夢の駅に居続けることは、現実の死へと繋がるということだ。社会的には植物人間と呼ばれるような状態になるのだろう。家族は何日も、何週間も、何ヶ月も、もしかしたら何年も、目を覚まさない自分を見つめ続けるのだ。
リョウは「分かった」と答えた。でも、その言葉の重さがじわじわと来た。
彼がこの夢の駅に迷い込んでからどのくらい時間が経ったのか、リョウには判断できない。現実の時間と夢の時間は異なるものだから。もしかしたら、現実ではもう数日が経っているかもしれない。もしくは数時間かもしれない。その不確実性が、じわじわと不安を生み出していた。
ツキはリョウの顔を見つめ、何かを判断するような表情を浮かべた。
「焦るな。ここのルールを守れば、君は大丈夫だ」
その言葉が、本当なのかどうか、リョウには分からなかった。
← 前の話
第1話から読む
次の話 →