第4話 前の住人
不動産屋に電話するのは二度目だった。
最初の電話から三日が経っていた。その間、映り込みのことばかり考えていた。0.3秒という短い時間に、確かに何かが映っている。人間の形をした、何かが。
「七年前にこの部屋に住んでいた方のことを教えてもらえますか」
受話器の向こう側は、いつもの担当者ではなかった。別の男性が対応した。
「七年前ですか。少々お待ちください」
彼は業務用のシステムを検索する音が聞こえた。指が键盤を打つ音。その間、俺の心臓は不規則に鼓動していた。
「七年前の入居者ですね。個人情報のため詳細はお伝えできませんが」と言いつつ、「その頃の入居者の方は、一年ほどで退去されています」と教えてくれた。
一年。思ったより短かった。
「何か、あったんですか」と俺は聞いた。
「特に問題はありませんでした」という答えだったが、声のトーンが明らかに変わった気がした。本当のことを言っていないような、微妙な引っかかりがあった。
「本当に何もないんですか。退去の理由とか」
「申し訳ありませんが、そこまではお答えできません。何かご不安なことがあれば、物件の管理会社にご相談ください」
電話は一方的に切られた。
その夜、俺はアルバムを引っ張り出した。不動産屋からもらった物件の紹介資料に付いていた写真のアルバムだ。前の住人が置いていったのか、それとも物件の広告用に撮られたものなのか、今となっては不明だった。
アルバムの最後のページに、一枚の写真があった。
若い女性が写っていた。25歳前後だろうか。長い黒髪で、笑っていた。部屋の窓際に立っているその女性は、光が当たっていて、表情は明るかった。笑顔だった。だが、その目は微かに、何かを求めているように見えた。
その女性が、七年前の住人なのか。
俺は携帯のカメラを取った。
寝る前に、もう一度映像を撮ってみることにした。前回と同じように、部屋の中を緩くカメラで追いながら、ズームイン、ズームアウトを繰り返した。照明は消して、懐中電灯だけを灯した。緊張で手が震えた。
二分間、カメラを回した。
その映像を再生する。
── あった。
映り込みは再びクローゼットを指さしていた。その形、その仕草、前回と同じ。だが今度は、少し違う角度だった。
クローゼットの下。床の、一点。
その場所を指差しているように見えた。
明け方まで、俺はその映像を何度も何度も再生した。スローモーションに変えて、フレームを一コマずつ進めていった。0.3秒の間に、映り込みの形は確実に変わっていた。
クローゼットを指す位置が、少しずつ下がっていく。
床に向かって。
明けない夜だった。