第9話 すれ違い
涼花からの連絡が、ぱたりと止まった。
最後のLINEから三日が経った。既読もつかない。スマホを開くたびに、涼花とのトーク画面を無意識に確認してしまう。相手がタイピング中を示す「…」が出るのを待ちながら、深呼吸したり、天井を見つめたりを繰り返していた。
気になって「最近どう?」と送ってみたが、返信はなかった。四時間後、八時間後と時間が経つにつれ、胸の奥がザワザワとした違和感に襲われた。
何かしたのか考えた。最後に会ったデニーズで、何か余計なことを言っただろうか。あの夜涼花は少し元気がなかった。僕は彼女の沈黙を察してはいたが、詮索することもなく、いつものように時間を過ごしていた。もしかして、僕が深夜限定の関係に居心地の悪さを感じているのを、気づかれたのか。そんな不安が頭の片隅に引っかかった。
彼女との関係は、どこか不透明だった。昼間には連絡をしない。会うのは決まって深夜。会ったとしても、外出先は限定されていた。デニーズか、駅の近くの公園か。そういった「ルール」めいたものの中で、僕たちは関係を続けていた。それは涼花の希望だったし、僕も別にそれに反発することはなかった。むしろ、その不確かさが心地よいと感じていた時期もある。だが最近、何かが変わり始めていた。
4日目の夜、短くこう送った。「眠れてる?」
その問いかけには、単なる挨拶以上の意味が込められていた。大丈夫か、気になっているよ、と。そういった感情を、深夜の短いメッセージに託していたのだ。
数時間後、「少し疲れてた。ごめんね」とだけ来た。
返信が来たことに安堵したのも束の間、その内容に引っかかった。何を謝っているのか。疲れていることは誰にでもある。なぜ謝罪の言葉が必要なのか。
「謝らなくていいよ」と返したが、それ以降は続かなかった。
5日目も、6日目も、涼花からは何もなかった。
その間、僕は何度もメッセージを打ち始めては消した。「元気出してね」「何かあったら言ってよ」「会いたい」。どの言葉も、どこか押し付けがましく思えた。彼女が望まない距離感かもしれないと感じて、結局何も送らなかった。
涼花に気を遣う自分が、少しみじめに思えた。
僕は深夜に一人でスマホを見ていた。画面の光だけが明るくて、部屋が妙に静かだった。ベッドの中で丸くなりながら、LINEの通知画面を何度も確認した。新しいメッセージなんて来ていない。分かっているのに、何度も何度も見てしまう。
涼花がいなくなって初めて気づいた。僕の深夜は、涼花とのLINEで持っていたんだと。彼女とのやり取りがあるから眠くなった。彼女との約束があるから、明日が待ち遠しかった。そういった小さな感情の積み重ねが、僕の夜を支えていたのだ。
それがなくなると、深夜は只の深夜になってしまった。静寂だけが響く、終わりのない暗闇。
伝えるべきだったのかもしれない。でも何を?どんな言葉で?涼花が求めているのは、甘い言葉なのか、それとも現実的な決断なのか。もしかして、彼女は僕なしで生きる道を選ぼうとしているのか。そんな考えが頭をぐるぐると回った。
7日目の深夜、意を決してメッセージを打ち始めた。
キーボードの上で指は止まった。画面には「涼花へ」とだけ表示されている。本来なら、ここから何かを書き始めるはずだった。だが言葉が出ない。僕は何度も何度も削除キーを押した。
結局、送ったのは「話がある。今度会える?」という、簡潔で、そして彼女に逃げ場を与えない一文だった。
読了表示が、すぐについた。
──(最終話へつづく)
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