第3話 予想と違う涼花
深夜2時のデニーズは、思ったより明るかった。
天井の照明が均等に輝いて、深夜営業特有の静寂を保ちながらも、夜明けまで営業を続ける場所特有の落ち着きがある。テーブル席には僕たちの他に、ノートパソコンを開いている人が一人、スマートフォンの画面を眺めている客が二人いた。深夜のデニーズは、眠れない人間たちの駆け込み寺なのだと感じた。
涼花はもう来ていた。窓際の席でホットコーヒーを両手で包んでいて、僕に気づくと小さく手を上げた。その仕草が妙に自然で、まるで何度も会っている友人のようだった。
「早いね」と言うと、「眠れないから」と言った。そうか、眠れないんだと思った。
何も言わずにドリンクバーのコーヒーを持って向かいに座ると、涼花はすぐに話し始めた。雑談だった。バイト先のコンビニで変な客が来たこと、ゼミの教授の癖のある話し方、最近ハマっている深夜ラジオの番組について。その話しぶりは、眠れなくて不安な様子など微塵も感じさせない明るさだった。
涼花は時々窓の外に目をやった。街灯の光が濡れた舗装道路に映り込み、深夜の街はどこか別世界のように見える。そんな景色の向こうを眺めながらも、彼女の言葉は途切れることなく続いていた。
僕はその話を聞きながら、自分がどうして涼花との連絡を待っていたのか、改めて考えていた。眠れない夜に、誰かと話したい。その単純な欲求だけかと思っていたが、待っていた相手が涼花だったのは、何か理由があるのだろう。眠れない人同士だから。そういう単純な理由では説明できない何かが、あるような気がしていた。
「何か……思ってたのと違う」と、気づいたら口に出していた。
涼花の話が一度止まり、彼女は少し眉を上げた。「何が?」
「もっと、こう……しんどそうかと思って」
言葉にしてみると、自分の予想がどんなものだったのか改めて感じた。眠れない人間は、どこか病んでいて、暗くて、救いを求めているもの。そんな先入観があった。だから涼花だって、夜中にデニーズに来た時点で、相応の悩みを抱えているんだろうと思っていた。
「しんどいよ」彼女はさらっと言った。「でも話すときまでしんどい顔するのは損じゃない?」
その言葉が、妙に胸に刺さった。
涼花は強がりで言っているわけじゃなかった。ただ、自分の感情の置き場所をちゃんと知っている人間の言い方だった。しんどいことはしんどい。でもそれを常に表情や言葉に出すことが、本当に必要なのか。そういう冷静さが、彼女の中にあるのだ。
僕は自分がどれだけ、眠れない夜を重い表情で過ごしていたか思い当たった。そしてそれが、本当に何かを解決していたのか。誰かの役に立っていたのか。何もしていない。ただ暗い顔をしていただけだ。
涼花はコーヒーを一口飲んだ。その動きも、妙に落ち着いていた。急がず、焦らず、ただ自分のペースで動く。そういう姿勢が、深夜のデニーズの蛍光灯の下で、異なる輝きを放っているように見えた。
「でもさ」と涼花が続けた。「話を聞いてもらうと、やっぱり違う。頭がちょっと整理される感じがする」
そう言って彼女は笑った。その笑顔は、作られたものではなく、本当に少しだけ楽になったような笑顔だった。
午前4時近くまで、僕たちはとりとめなく話した。何が解決したわけでもない。眠れない理由について、深く掘り下げることもなかった。ただ、話題から話題へと流れるままに、言葉を交わしていた。窓の外は少しずつ明け方に向かっていて、深夜から夜明けへの時間の移ろいを、僕たちは一緒に過ごしていた。
コーヒーは何杯目になっていただろう。涼花のマグカップも、僕のコップも、何度か継ぎ足されていた。
帰り際、涼花が「また来る?」と聞いた。
その問い方は、誘っているというより、確認するような言い方だった。明日の約束ではなく、次の眠れない夜があったとき、また来るのか。そういう確認だったのだと思う。
「来る」と答えた。即答だった。
考える時間すら必要なかった。眠れない夜には、また来ると思っていた。この深夜のデニーズに。そして涼花に、また会いたいと思っていた。
涼花は頷いた。「じゃあ、またね」
その言葉とともに、深夜のデニーズの自動ドアが開いた。外は薄明るくなりかけていた。
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