冬になり、コンビニのレジ横に、おでんが並び始めた。
佐々木は、相変わらず、深夜に店へやってくる。もう、すっかり常連だ。
「田村くん、おでん、大根とたまごと、あと、ちくわぶ」
「はい、四百二十円です」
佐々木は、おでんの容器を受け取り、店の外のイートインスペースで、うまそうにすすった。
「はー、しみるねえ。冬のおでんは」
田村は、そんな佐々木を、レジ越しに眺めていた。出会った頃の、追い詰められて包丁を握っていた男とは、まるで別人だった。
「佐々木さん、最近、顔色いいですね」
「おかげさまでな」佐々木は笑った。「借金、あと、もうちょいで完済だ。日雇いだけど、真面目に働いてたら、正社員にならないかって、声かけてもらえてさ」
「へえ、よかったじゃないですか」
「あの日、あんたに止められてなかったら、こんな未来、なかったよ」
そのとき、自動ドアが開いた。
黒いパーカーの、中年の男だった。手には、包丁。
「う、動くな! おでんを、全部出せ!」
田村と佐々木は、思わず、聞き返した。
「……おでん?」
「そうだ! おでんだ! 全部、寄こせ!」
男は、必死の形相だった。よく見ると、目に涙をためている。
「あ、あんた、なんで、おでんなんか」佐々木が聞いた。
「……腹が、減って。もう、三日、何も食ってねえんだ」男は、包丁を落とした。「金もねえ。仕事もねえ。せめて、あったかいもんが、食いたくて」
店内が、しんとした。
田村は、黙って、おでんの容器を手に取った。そして、大根、たまご、はんぺん、ちくわぶ――次々と、山盛りに詰めていった。
「これ、廃棄予定なんで」田村は、男に差し出した。「よかったら」
男は、震える手で、それを受け取った。
「い、いいのか」
「はい。あと、これ」田村は、いつものパンフレットを添えた。「炊き出しの情報とか、生活相談の窓口です」
佐々木が、自分の財布から、千円札を一枚、取り出した。
「これ、少ないけど。あったかいとこで、寝ろよ。ネットカフェとか」
男は、おでんを抱えて、ぼろぼろと泣いた。
「……ありがとう。あんたら、ありがとう」
男が帰ったあと、佐々木は、ぽつりと言った。
「あれ、昔の俺だな」
「はい」田村はうなずいた。「だから、放っておけなかったんですよね」
二人は、しばらく、黙っておでんの湯気を見つめていた。