翌週、七海は店に行けなかった。
仕事が忙しかったわけではない。あの夜、言いかけた言葉のせいだった。あと一歩で、想いを口にするところだった。それが怖くて、足が向かなかった。
閉店まで、あと二週間。
迷った末、七海はようやく階段を降りた。
扉を押すと、店内はさらにがらんとしていた。棚のレコードは半分以上なくなり、カウンターの上に、一枚だけレコードが置かれていた。
「来ないかと思った」冬野が言った。
「来ました」七海は微笑もうとして、失敗した。
冬野は、カウンターのレコードを手に取った。
「これ、あんたに」
「え?」
「売り物じゃない。あの人が、いちばん大事にしてた一枚だ」
七海は受け取った。ジャケットは色あせているが、大切に扱われてきたのがわかった。
「聴いていいですか」
冬野はうなずいた。針を落とす。プツ、という音のあとの、一瞬の沈黙。
流れてきたのは――七海が忘れもしない、あの曲だった。第5話の夜に流れた、甘くて切ないラブソング。
「これ……」
「曲名、教えるって約束したろ」冬野は言った。そして、タイトルを口にした。それは、「もう一度、始めよう」という意味の英語だった。
七海の目から、涙がこぼれた。
「あの人が、いちばん好きだった曲だ」冬野は続けた。「俺はずっと、この曲を聴くのが怖かった。思い出しすぎるから。でも――」
彼は、七海を見た。
「あんたと聴くなら、いいと思った」
七海は、レコードを胸に抱いた。歌声が、店いっぱいに満ちていた。過去と、今と、まだ来ない未来が、その一曲の中で溶け合っていくようだった。