湊の正体を知ってから、莉子は、彼のために何かできないかと考え続けた。
ある夜、乗り場に着くと、湊が困った顔をしていた。ゴンドラの一つが、頂上で止まったまま、動かなくなっていたのだ。
「どうしたんですか」
「お客さんが、降りてこないんです」湊は言った。「もう一時間も、あのゴンドラの中に」
莉子は、頂上のゴンドラを見上げた。中に、人影が見える。
「選ばなかった人生に、囚われてしまう人が、たまにいるんです」湊は、苦しそうに言った。「もう一つの人生が、あまりに魅力的で……そこから、戻ってこられなくなる。放っておくと、そのまま、心が、あちらに囚われたまま、抜け殻になってしまう」
「助けられないんですか」
「僕は、乗れません」湊は、唇を噛んだ。「だから、いつも、ただ待つことしか」
莉子は、決心した。
「わたしが、行きます」
「え?」
「わたしなら、乗れます。あの人を、連れ戻します」
湊は、止めようとした。だが、莉子はもう、ゴンドラに乗り込んでいた。
ゴンドラが昇っていく。頂上のゴンドラに近づくと、莉子は窓越しに、中の女性に呼びかけた。
「聞こえますか! 降りてください!」
女性は、うっとりと窓の外を見つめたまま、反応しなかった。その目には、選ばなかった人生の、まばゆい光が映っていた。
莉子は、ありったけの声で叫んだ。
「そっちは、『もしも』です! 本物じゃない! あなたの本当の人生は、こっちにあるんです!」
女性が、かすかに、身じろぎした。
「選ばなかった道は、きれいに見えます! でも、あなたが今いる場所も、ちゃんと、誰かにとって、まぶしい人生なんです!」
それは、かつて湊が、莉子に言ってくれた言葉だった。
女性の目から、まばゆい光が、少しずつ消えていった。そして、はっと我に返ったように、莉子を見た。
「わたし……何を」
「大丈夫です」莉子は微笑んだ。「一緒に、帰りましょう」
ゴンドラが、再び動き出した。二つのゴンドラが、ゆっくりと、地上へと降りていく。
乗り場で、湊が、信じられないという顔で、二人を待っていた。