囚われていた女性は、莉子に何度も礼を言って、帰っていった。
乗り場に残った莉子と湊は、しばらく黙っていた。
「ありがとうございました」湊が、ようやく口を開いた。「僕には、できないことでした」
「湊さん」莉子は、まっすぐに彼を見た。「わたし、気づいたんです。あなたは、みんなを『見送る』ことはできても、『連れ戻す』ことはできない。それは、あなた自身が――まだ、あちら側に、囚われているからじゃないですか」
湊の顔が、こわばった。
「あなたは、三年前の事故で、時間が止まったまま、ここにいる。みんなを見送りながら、本当は、あなた自身が、いちばん『戻れない客』なんじゃないですか」
湊は、うつむいた。
「……そうかもしれません」小さな声だった。「僕は、あの日から、ずっと、ここにいます。動けない。前にも、後ろにも」
「湊さんの、選ばなかった人生は、何だったんですか」
「僕には、そんなもの、ありません。死んでしまったから」
「違います」莉子は、首を振った。「あなたが選ばなかったのは――『生き続けること』です」
湊が、はっと顔を上げた。
「あの日、事故で亡くなった。でも、あなたの心は、まだ受け入れていない。だから、この場所に留まって、生きている人たちを、うらやましく見送ってる。それって、あなたにとっての『選ばなかった人生』を、毎晩、見ているのと同じことじゃないですか」
湊の目に、涙がにじんだ。
「僕は……本当は、生きたかった。まだ、やりたいことが、たくさんあった。だから、成仏できなかったんです。みんなの人生を見送るたびに、うらやましくて、悔しくて――」
莉子は、そっと、湊の手に、自分の手を重ねようとした。触れられないとわかっていても。
すると、不思議なことに、かすかに、その手の温もりが伝わった気がした。
「湊さん。あなたも、ゴンドラに乗ってみませんか」莉子は言った。「一緒に。わたしが、隣にいます」
「でも、僕には、もう一つの人生なんて」
「あるかもしれません。乗ってみないと、わからない」
湊は、長い間、迷っていた。そして――三年間、一度も乗らなかった観覧車を、初めて、見上げた。