ある夜、田村が一人でレジに立っていると、スーツ姿の男が入ってきた。
強盗ではない。ごく普通の、会社帰りらしい男だった。だが、その顔を見て、田村は、少しだけ表情を変えた。
「……田村?」男も、田村に気づいた。「お前、田村だよな。高校の」
「……久しぶり、山口」
山口は、田村の高校の同級生だった。かつては、二人とも、同じサッカー部で、将来の夢を語り合った仲だった。
「お前、こんなとこで、バイトしてたのか」山口は、少し驚いた顔をした。「大学、行ったんじゃなかったっけ」
「中退した」田村は、淡々と答えた。「いろいろ、あってな」
山口は、気まずそうに、缶ビールをレジに置いた。
「俺、今、商社でさ。そこそこ、うまくやってる」山口は言った。「お前も、いつまでも、フリーターってわけには、いかないだろ。よかったら、うち、紹介しようか」
田村は、少し、黙った。
「……いや、いいよ」
「なんで。もったいないだろ。お前、頭よかったのに」
「今の仕事、けっこう、気に入ってるんだ」
山口は、理解できないという顔で、帰っていった。
田村は、一人になった店内で、ぼんやりと考えた。かつては、自分にも、いろんな夢があった。でも、家庭の事情で大学を中退し、気づけば、深夜のコンビニで、夜をやり過ごすだけの毎日になっていた。
山口の言うことは、正しいのかもしれない。
そのとき、自動ドアが開いて、佐々木が入ってきた。
「よお、田村くん。……あれ、なんか、元気ないな」
「そう、ですか?」
「わかるよ。俺、あんたの顔、毎晩見てるからな」佐々木は、レジ横に立った。「何かあったのか」
田村は、少しだけ、山口のことを話した。
佐々木は、うんうん、と聞いていた。そして、言った。
「なあ、田村くん。あんたの仕事、立派だぞ」
「え?」
「あんた、この店で、何人の人間を、救ったと思ってんだ。俺も、バンドマンも、あの女の人も、おでんの男も。みんな、あんたに救われたんだ」佐々木は、真剣だった。「商社マンには、できないことだよ。あんたの仕事は、ちゃんと、誰かの人生を、変えてる」
田村は、目を見開いた。
「そんなの……ただ、パンフレット、渡しただけです」
「そのパンフレットが、人を救うんだよ」佐々木は、にっと笑った。「あんたは、気づいてないだけで、すげえ仕事、してるんだぜ」
田村は、しばらく黙って、それから、ぼそりと言った。
「……ありがとうございます」
初めて、この仕事に、少しだけ、誇りが持てた気がした。