翌日、真央は会社を休んで、マンションの歴史を調べ始めた。
図書館で古い新聞を漁り、ネットで住所を検索する。すると、二十年前の小さな記事が見つかった。
『マンション火災、住人一名死亡』
記事によれば、二十年前、このマンションで火事があったという。出火元は最上階、四〇二号室。真央の部屋だ。
火は夜中に発生し、住人の一人が逃げ遅れて亡くなった。名前は――「管理人・木ノ下」とあった。
木ノ下は、このマンションに住み込みで働く管理人だった。毎晩、全室の見回りをするのが日課で、住人からの信頼も厚かったという。
火事の夜、木ノ下は真っ先に避難できる立場にいた。だが彼は、燃えさかる建物の中に留まり、住人を一人ずつ起こして回った。すべての部屋を確認し、全員の避難を見届けてから逃げようとして――間に合わなかった。
記事には、こうあった。
『木ノ下さんは、最後まで住人の点呼を取り続けていたという。「全員、無事か」と、繰り返し叫んでいたそうだ』
真央は、背筋が寒くなった。
あの声は、木ノ下だ。
二十年前に死んだ管理人が、いまも毎晩、住人の点呼を取り続けている。全員の無事を、確かめようとして。
だが――なぜ、名前を呼ばれた者が消えるのか。
真央は考えた。木ノ下は、住人を守ろうとしていた。ならば、彼が呼んでいるのは、避難させるためではないか。「退去済み」とは、この世からの退去。つまり彼は、住人を一人ずつ、あの火事の夜へ――自分のいる場所へと、連れて行こうとしているのかもしれない。
全員を、無事に。彼の中では、まだ火事の夜が終わっていない。二十年前の、あの夜のまま。
真央は、記事のコピーを握りしめた。
木ノ下を、止めなければ。でなければ、いつか自分の名前も、あの名簿から読み上げられる。
そして――四〇二は、木ノ下が最後にいた部屋だった。
つまり、彼が最も、戻ってくる場所。