第7話: 閉店の噂

夏の終わり、七海はいつものように階段を降りた。

すると、扉に一枚の紙が貼られていた。

「近日、閉店いたします」

手書きの、素っ気ない文字だった。心臓が、ぎゅっと縮んだ。

扉を押すと、冬野はいつもの場所にいた。けれど、棚の一部が、空っぽになっていた。

「閉店って……どういうことですか」

「そのままの意味だ」冬野は淡々と言った。「ビルの建て替えが決まった。来月には出ていかなきゃならない」

「じゃあ、別の場所で、また」

「もう、やめようと思ってる」

七海は言葉を失った。

「五年やって、区切りだと思った」冬野は空になった棚を見た。「レコードは、少しずつ売り始めてる。あの人のコレクションを、必要としてる人に渡すのも、悪くないと思ってな」

「わたしは」七海の声が震えた。「わたしは、この店を必要としてます」

冬野はこちらを見なかった。

「前に言いましたよね。曲の名前を教えてくれるのは、わたしがこの店を必要としなくなったときだって。わたし、まだ全然、必要としてます。だから」

「七海さん」

初めて、名前で呼ばれた。それだけで、涙がこみ上げそうになった。

「あんたは、この店じゃなくても大丈夫な人だ」冬野は静かに言った。「俺が選ぶ曲がなくても、自分で自分の気分を選べる。そういう強さがある」

「そんなの、冬野さんが決めることじゃないです」

七海は、初めて冬野に食ってかかった。

「わたしが必要としてるのは、店でも、曲でもなくて――」

言いかけて、七海は口をつぐんだ。その先を言ってしまえば、もう後戻りできない気がした。

冬野は、じっと七海を見つめていた。何かを言いかけて、けれど何も言わなかった。

その夜、リクエストはしなかった。店内は、しんと静まりかえっていた。針が落ちる前の、あの沈黙のように。

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