真央は、恐怖の中で、必死に考え続けた。
木ノ下は、火事の夜に「全員」を確かめようとしていた。全員が揃うまで、点呼は終わらない。逆に言えば――全員が揃えば、点呼は終わるのではないか。
だが、住人はどんどん減っている。呼ばれた者から消えていく。これでは、いつまでも「全員」にはならない。
真央は、火事の記事をもう一度読み返した。二十年前、このマンションには、二十室すべてに人が住んでいた。木ノ下が確かめたかったのは、その二十人の無事だ。
つまり、木ノ下の頭の中の名簿は、二十年前のまま。彼は、いまも二十人を数えようとしている。
だが、現実の住人は、もう数人しかいない。数が、合わない。
合わないから、木ノ下は永遠に点呼を続ける。数が合うまで、住人を「あちら側」へ連れて行き続ける。二十人が全員、彼のいる場所に揃うまで。
真央は、ぞっとした。それでは、生きている者を全員、連れて行くまで終わらないということだ。
どうすれば、止められるのか。
真央は、思いついた。木ノ下に、伝えればいい。火事はもう終わった、と。二十年前の夜は、もう過ぎたのだ、と。
彼は、まだ火事の夜にいる。だから、点呼を取り続けている。その時間を、終わらせてやればいい。
だが、どうやって、死者に伝える?
真央は、四〇二の部屋を見回した。ここは、木ノ下が最後にいた部屋。彼が最も戻ってくる場所。
ならば、この部屋で待てばいい。彼が来るのを。
真央は、火事の記事のコピーと、線香を用意した。そして、その夜、明かりを消して、部屋の真ん中に座った。
午前二時五十八分。天井で、足音が始まった。コツ、コツ、コツ。
真央は、天井を見上げた。
「木ノ下さん」小さく、呼びかけた。「聞こえますか」
足音が、ぴたりと止まった。
午前三時ちょうど。
声が、始まった。だが今夜は、番号ではなかった。いきなり、名前だった。
「……よん、まる、に……」
真央の、部屋。
「……たかはし、まお……」
真央の、名前だった。