第4話: 雨の日のB面

その水曜は、朝から雨だった。

傘を差して階段を降り、扉を押すと、店内はいつもより湿った匂いがした。古いレコードと、雨のにおい。

「今日のリクエスト、決まってます」七海は言った。「雨の日に聴きたい曲、お願いします」

冬野はうなずいて、一枚のレコードを取り出した。針を落とすと、しっとりとしたジャズが流れ出した。ピアノとサックスが、雨だれのように絡み合う。

曲が終わると、冬野はレコードを裏返した。

「B面?」

「A面が表なら、B面は裏。人が聴かない方だ」冬野は針を落とした。「でも俺は、B面のほうが好きなことが多い。売れなかった曲には、無理がないんだ」

流れてきたB面の曲は、たしかにA面より地味だった。けれど、聴いているうちに、その素朴さが胸にしみてきた。

「冬野さんって、いつからここでお店を?」

「五年になる」

「その前は?」

冬野の手が、一瞬止まった。

「……会社員だった。音楽とは関係ない仕事だ」

それ以上は言わなかった。七海も聞かなかった。

雨脚が強くなり、階段を伝って雨音が店内まで届いてきた。ふたりは黙って、B面の曲を聴いた。無理のない、売れなかった音楽を。

「わたし、たぶんB面みたいな人間なんです」七海はふと言った。「目立たなくて、誰にも選ばれなくて」

「B面が好きな人間も、ここにいる」

冬野はこちらを見なかった。盤面を見つめたまま、ぽつりとそう言った。

七海は、返す言葉が見つからなかった。ただ、頬が熱くなるのを感じて、うつむいた。

雨は、なかなかやまなかった。やんでほしくないと、七海は思った。この時間が、少しでも長く続いてほしかった。

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