第10話: 夜をまもる人

かちり。

二度目に鍵をまわすと、あさひの姿が、光の粒になって、ほどけはじめた。

「お兄ちゃん、決めた?」

あさひが、微笑んで、僕に問うた。

僕は、鍵から、手を離した。

「僕は、残るよ。時計番として。この町の夜を、守る」

あさひの顔が、ぱっと、輝いた。

「うん。それがいい。それが、お兄ちゃんだ」
「君を、ひとりで行かせて、ごめん」
「ひとりじゃないよ。ここに、お兄ちゃんの記憶を、持っていくもん。ぜんぶ。だから、いつも、一緒」

あさひは、握っていた僕の手を、そっと、離した。

「またね、お兄ちゃん。いつか、お兄ちゃんの時計が止まる日が来たら。そのときは、わたしが、迎えに来る。今度は、わたしが、時計番になって」

三度目の、かちり。

花時計の針が、なめらかに、動きだした。

あさひの姿が、朝の光に溶けて、消えていった。最後に、笑顔だけが、光のなかに残って、それも、やがて、朝日に混じって、見えなくなった。

ベンチには、僕だけが、残された。

花時計は、動いていた。ちゃんと、時を刻んでいた。もう、冷たく澄んだ空気は、消えていた。ここに取り残された者は、もう、いない。

僕は、鞄を提げて、立ち上がった。

夜が明けても、僕は、消えなかった。時計番として残ると決めたからだ。昼のあいだは、どこか、時のはざまで眠り、夜になれば、また、鍵を持って、町を歩く。

それから、僕は、今も、夜の町を歩いている。

止まった時計を、巻き直しながら。取り残された迷子を、探しながら。

もし、あなたが、いつか、時間から取り残されたら。動けなくなって、誰にも気づいてもらえなくなったら。

深夜零時をまわった頃、耳をすませてみてほしい。

かちり、かちり、かちり、という、時をまく音を。

それは、あなたを、明日へ送り出しに来た、時計番の足音だ。

いつか妹が迎えに来るその日まで、僕は、この夜を、守り続ける。

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