かちり。
二度目に鍵をまわすと、あさひの姿が、光の粒になって、ほどけはじめた。
「お兄ちゃん、決めた?」
あさひが、微笑んで、僕に問うた。
僕は、鍵から、手を離した。
「僕は、残るよ。時計番として。この町の夜を、守る」
あさひの顔が、ぱっと、輝いた。
「うん。それがいい。それが、お兄ちゃんだ」
「君を、ひとりで行かせて、ごめん」
「ひとりじゃないよ。ここに、お兄ちゃんの記憶を、持っていくもん。ぜんぶ。だから、いつも、一緒」
あさひは、握っていた僕の手を、そっと、離した。
「またね、お兄ちゃん。いつか、お兄ちゃんの時計が止まる日が来たら。そのときは、わたしが、迎えに来る。今度は、わたしが、時計番になって」
三度目の、かちり。
花時計の針が、なめらかに、動きだした。
あさひの姿が、朝の光に溶けて、消えていった。最後に、笑顔だけが、光のなかに残って、それも、やがて、朝日に混じって、見えなくなった。
ベンチには、僕だけが、残された。
花時計は、動いていた。ちゃんと、時を刻んでいた。もう、冷たく澄んだ空気は、消えていた。ここに取り残された者は、もう、いない。
僕は、鞄を提げて、立ち上がった。
夜が明けても、僕は、消えなかった。時計番として残ると決めたからだ。昼のあいだは、どこか、時のはざまで眠り、夜になれば、また、鍵を持って、町を歩く。
それから、僕は、今も、夜の町を歩いている。
止まった時計を、巻き直しながら。取り残された迷子を、探しながら。
もし、あなたが、いつか、時間から取り残されたら。動けなくなって、誰にも気づいてもらえなくなったら。
深夜零時をまわった頃、耳をすませてみてほしい。
かちり、かちり、かちり、という、時をまく音を。
それは、あなたを、明日へ送り出しに来た、時計番の足音だ。
いつか妹が迎えに来るその日まで、僕は、この夜を、守り続ける。