第6話: 二つの時計

僕は、母親に、あさひの居場所を教えた。

でも、母親は、動けなかった。時が止まった人は、自分の意思では、その場所を離れられない。誰かが、時計を巻いてあげなければ。

「わたしの時計を、巻いてくれる?」と、母親は言った。「あの子に、会いに行きたいの」

僕は、ためらった。これは、彼女が自分で止めた時計だ。掟では、巻いてはいけない。

でも、母親の目は、もう、置き去りにされることを、望んではいなかった。あの子に会いたい。その一心が、止めた時を、また動かしたがっていた。

僕は、鍵を差し込んだ。かちり、かちり、かちり。

三度まわすと、待合室の時計が、動きだした。同時に、母親の時も、流れはじめた。

「ありがとう」

母親は、立ち上がった。写真を胸に、僕と一緒に、夜の道を歩いた。生きている人には見えない、時の止まった者たちだけの、夜の道を。

公園に着くと、あさひが、ベンチのそばにいた。

母親を見た瞬間、あさひは、立ち上がった。

「お母さん……!」

二人は、駆け寄って、抱き合った。時の止まった者どうしの、長い、長い抱擁だった。

僕は、少し離れて、それを見ていた。胸の奥が、あたたかくて、でも、なぜか、痛かった。

やがて、あさひが、僕を振り返った。

「ねえ、思い出したの。全部」

あさひの声は、澄んでいた。

「あの日、わたし、事故に遭って。……もう、助からなかったの。わたしの時が止まったのは、悲しかったからじゃない。わたしは、もう、この世界の時間からは、はずれてしまった存在なの」

僕は、言葉を失った。

「お母さんは、生きてる。だから、お母さんの時計は、巻いてよかったの。お母さんは、また、明日へ進める。でも、わたしは……進めない。わたしの花時計を巻いても、わたしは、動きださない。消えるだけ」

あさひは、寂しそうに、でも、穏やかに笑った。

「だから、お母さん。もう、わたしのために、時間を止めないで。ちゃんと、前へ進んで」

母親は、泣きながら、首を振った。それでも、あさひの手を、握りしめていた。

二つの時計。動かせる時計と、動かせない時計。

僕は、その残酷な違いを、初めて、恨めしく思った。

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