時計番には、掟がある。
誰に教わったわけでもないのに、僕は、それを知っていた。
巻いていい時計と、巻いてはいけない時計がある。人が、自分の意思で止めた時計。悲しみのあまり、時を止めることを選んだ人の時計。それを無理に巻けば、その人は、心を置き去りにして、体だけが前へ進んでしまう。
だから僕は、いつも、確かめる。この時計は、巻いてもいいのか。取り残された人は、本当に、前へ進みたがっているのか、と。
ある夜、僕は、大きな病院の時計を巻きに行った。
待合室の、古い掛け時計。冷たく澄んだ空気に包まれて、止まっていた。
鍵を差し込もうとして、僕は、ためらった。
その時計のそばに、ひとりの女性が、座っていた。あさひと同じように、時から取り残された人だった。うつむいて、じっと、動かない。
女性の膝の上には、小さな写真があった。のぞき込んで、僕は、息を呑んだ。
写真のなかに、あさひが、いた。ピアノの前で、笑っている、あさひが。
この女性は——あさひの、母親だ。
「あの」と、僕は声をかけた。「あなたは、あさひの、お母さんですか」
女性は、ゆっくりと顔を上げた。あさひによく似た、優しい目をしていた。
「……あの子を、知っているの?」
「はい。公園の、花時計のそばに。あさひは、そこで、時が止まっています」
女性の目から、涙が、あふれた。
「よかった。あの子、あそこにいたのね。わたし、あの子を、探していたの。ずっと。あの日から」
「あの日?」
女性は、写真を、胸に抱いた。
「あの子が、事故に遭った日から。わたしは、あの子を助けられなかった自分が許せなくて。時間を、止めてしまったの。あの子のいない明日なんて、来なくていいと思って」
僕は、言葉を失った。
あさひの時が止まった理由。そして、母の時が止まった理由。二つは、同じ日に、繋がっていた。
「あの子は、無事なの? ねえ、あの子は」
女性の問いに、僕は、答えられなかった。
花時計のそばの、あさひ。あれは、本当に、生きているあさひなのだろうか。それとも——