第5話: 巻いてはいけない時計

時計番には、掟がある。

誰に教わったわけでもないのに、僕は、それを知っていた。

巻いていい時計と、巻いてはいけない時計がある。人が、自分の意思で止めた時計。悲しみのあまり、時を止めることを選んだ人の時計。それを無理に巻けば、その人は、心を置き去りにして、体だけが前へ進んでしまう。

だから僕は、いつも、確かめる。この時計は、巻いてもいいのか。取り残された人は、本当に、前へ進みたがっているのか、と。

ある夜、僕は、大きな病院の時計を巻きに行った。

待合室の、古い掛け時計。冷たく澄んだ空気に包まれて、止まっていた。

鍵を差し込もうとして、僕は、ためらった。

その時計のそばに、ひとりの女性が、座っていた。あさひと同じように、時から取り残された人だった。うつむいて、じっと、動かない。

女性の膝の上には、小さな写真があった。のぞき込んで、僕は、息を呑んだ。

写真のなかに、あさひが、いた。ピアノの前で、笑っている、あさひが。

この女性は——あさひの、母親だ。

「あの」と、僕は声をかけた。「あなたは、あさひの、お母さんですか」

女性は、ゆっくりと顔を上げた。あさひによく似た、優しい目をしていた。

「……あの子を、知っているの?」
「はい。公園の、花時計のそばに。あさひは、そこで、時が止まっています」

女性の目から、涙が、あふれた。

「よかった。あの子、あそこにいたのね。わたし、あの子を、探していたの。ずっと。あの日から」

「あの日?」

女性は、写真を、胸に抱いた。

「あの子が、事故に遭った日から。わたしは、あの子を助けられなかった自分が許せなくて。時間を、止めてしまったの。あの子のいない明日なんて、来なくていいと思って」

僕は、言葉を失った。

あさひの時が止まった理由。そして、母の時が止まった理由。二つは、同じ日に、繋がっていた。

「あの子は、無事なの? ねえ、あの子は」

女性の問いに、僕は、答えられなかった。

花時計のそばの、あさひ。あれは、本当に、生きているあさひなのだろうか。それとも——

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